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2.デビルマンの呪縛
成馬01 次に「デビルマン」と比較して「なるたる」について話したいと思うんだけど。
narko 終わってみたら、まんまデビルマンですね。10〜11巻ののり夫惨殺がミキちゃんのアレだし、最後もデビルマンのラスト。
成馬01 暴徒化した人間も出てくるし
もえヒロ シレーヌも出るし(笑)
narko ただ私はデビルマンを超えてほしかったんですよ。実際途中までっていうか最終話まではいけるかなぁって期待してた。
もえヒロ 「なるたる」とデビルマンを比較する前にデビルマン的課題について整理しておきましょうか?
成馬01 まぁ簡単にデビルマンについて説明すると
人類征服をたくらむデーモン一族と戦うとため主人公の不動明はその敵となるデーモンと合体して悪魔人間=デビルマンとなってデーモンと戦うんだよね。
このスタート地点、つまり敵=悪と戦うために悪の力を取り込む主人公は正義の味方として機能するのか?ってことが第一の課題。
もえヒロ 悪から善は生まれるか?ですね。
不動明はデビルマンになったことで温和な性格が暴力的になるんですよね。
顔も変わって。
はじめは正義(=人類の平和)のために仕方なく戦おうとしてたんだけど、だんだん戦うことの喜びを見出すようになってく。
これは悪に取り込まれてくってことですかね?
narko その辺りは本編では未整理ですけどね。
っていうかデビルマンって5巻で終わってるから、いろんなモチーフが出てくるけど、考察とか結論はあんま出してないですよね。いい意味でやりっぱなし
もえヒロ その見整理の課題をその後の漫画は解消しようとしてるようにも見えますよね。
成馬01 その辺りは後でポストデビルマンの動向として話ます。
その前にもう一つデビルマン的課題を説明させて。
narko 言わなくてもわかりますよ。ミキちゃん問題ですよね。
成馬01 最初は人類を守るためというモチーフでデーモンと戦ってたんだけど、その力と姿ゆえに人間から悪魔として迫害されるんですよね。つまり守るべき対象だった人類自体が敵となる。
それで不動明は悩むんだけど、自分には守るべき存在=牧村美樹ちゃんがいる。
彼女を守るため、自分はデーモンと戦うぞって再決意するんだけど。
その美樹ちゃん自体が恐怖で暴徒化した民衆に虐殺されてしまう。
それで不動明は人類に絶望して滅ぼして
しまう。
もえヒロ 愛するもの、守るべきものを奪われた時、人は戦えるか?って話ですかね。
narko 私はもし、あそこで不動明が人間を、人間の愚かさを許せたら歴史は変わったと思うんだよねぇ(笑)もしそれが出来たらキリスト教になれたのに。
成馬01 でもだから今だに広い支持をうけてるんだよねデビルマンって、社会とか世界のためじゃなく愛する人を守るために悪に身をおとすっていう悲しい美にみんな轢かれるんだと思うんだけど。
もえヒロ 多分歴史的な連鎖としては手塚治虫の鉄腕アトム→石森章太郎のサイボーグ009や仮面ライダーときてデビルマンですよね。
成馬01 アトムはロボットと人間の間の存在として葛藤する存在だね。
仮面ライダーやサイボーグ009は悪の組織に改造された存在で、正義のために、その組織を裏切って、そのために同じ改造人間やサイボーグに追われることになる。
narko 手塚さんや石森さんはまだ正義というか理想みたいのがありますよね。建前って言ったら悪口になるけど。
もえヒロ 永井さんはもっと本音を出したってことですかね?個人的というか
narko 人類滅ぼしちゃったからね(笑)
成馬01 でも永井さん自体もデビルマンがああいう結末になったことを後悔してて何とかバイオレンズジャックとかマジンサーガとかで、希望的な話として語りなおそうとするんだよね。ただ俺はデビルマンの説得力にはかなわないなぁって思う。
narko つまりデビルマン的課題ってのは
1、悪の力を取り込んだ主人公は正義になれるのか?
2、守るべきものに裏切られたとしても主人公は正義のために戦えるか?
ってことですか?
私は他のも
価値観の反転とか神との戦い。
つまり善悪への疑問みたいなものもあると思うんですけど。
成馬01 それは俺の中では結論出てるなぁ。
簡単にいっちゃえば立場が変われば善悪も変わる。相対的なものだってトコで。
もちろんそうじゃない、唯一絶対の正義もある!っていう人がいても俺は否定しないけど。多分それは70年代と今の違いで、昔はあの価値観の転倒が説得力あったんだよね。人間は弱いんだ!ってのも。
でもそんなの今は当たり前で、転倒する価値観が全部崩れてるのが今で。
それは押井守さんがよく描く虚構と現実のモチーフもそうだけど、そういうのはもう全部前提になってる。
その上で何を信じるかってことで。
「デビルマン越え」という課題
成馬01 で、90年代、つまり思春期にデビルマンを読んだ世代がデビルマン的主題を引き受けたような作品を書くんだ。いろんなトコで
narko 代表的なのでは岩明均さんの寄生獣ですね。岩明均さんは読んでなかったみたいですけど
成馬01 あとは冨樫義博の幽遊白書、藤田和日郎の「うしおととら」あと、まだ続いてる三浦健太郎のベルセルク
もえヒロ あとはエヴァと永井豪さん自体もデビルマンレディを描いてる。
成馬01 でも全部デビルマン越えは失敗してる、もしくは主題を避けてると思う。
あっこれは質が低いって意味じゃないよ。
避けたから名作になったって言い方もできると思う。
narko 寄生獣ですね。
具体的にいうと寄生生物パラサイトと人類の戦いに右手だけ寄生されて脳だけ残っている少年、泉新一君の話ですね。
成馬01 新一君は寄生獣に母親と女友達の加奈が殺されてるんだよね。それがある種、新一がパラサイトと戦う動機になってる。
narko ミギーと新一の関係ってのは、ある種デビルマンで不徹底だった部分、つまり不動明とアモンの関係なんですけど、それを突きつめてますよね。その点ではデビルマンより進化してると思う。
成馬01 ミギーをどうとらえるか?ってのはこの作品の肝だと思うんだけど、俺はあれを思春期の少年の性的なエネルギーとか暴力的衝動なんだと思う。一話でペニスに変化したのはギャグじゃなくて多分簡単なネタばらしで
narko だから高校卒業=思春期の終わりとともにミギーは消えるんですよね。
成馬01 俺、丁度高校卒業の後で読んだからあの感じすごいわかった。
思春期が終わったからパラサイトも見えなくなったとも言えるし新一の話なんだよね基本的に。
narko 3巻以降新一の身体にミギーがより混ざったことで新一が変化してくじゃないですか。
感情が冷たくなって、いわゆるヒューマニズムの部分が失われてく、鈍化してくっていうか、その分強くなるんだけど。
成馬01 あの変化する感じも思春期的だなぁって思う。急にニヒリストになったりして人間悪!みたいな意見にかぶれたりして。
narko 痛々しい(笑)
成馬01 それをすごくうまい設定で見せたなぁってのが感想。
もえヒロ でもネット見てると、もっと人類対パラサイト(自然)の部分で見てますよね。
そういう人にはやっぱ拍子抜けみたいですね。あの終わり方は続編を!みたいな人も多いし。
成馬01 それは、だからデビルマン的主題を避けた部分だね。そっちを突きつめたら終わんなかったろうし破綻してたかも。
narko あと新一とミギーのことが結局、警察とか親にはバレないですしね。
成馬01 異物としての自分の姿がさらされるってのはデビルマンに限らずヒーローもののテーマだね。古くはウルトラセブンからある。
あれは結構いろいろ解釈できる設定だけど
もえヒロ 自分のアイデンティティとか本当の姿をバラしても、相手は受け入れてくれるか?ってことですよね。GOなんかでもそうだし。
女の子の裸をさらすみたいな部分もそうかな
narko あれは否定されても受け入れられても、すんなり行かないんですよね。結局自分の問題だから
もえヒロ 90年代以降の作品って自分の正体をさらしてもあっさり受け入れるってパターン多くないですか?幽遊白書もそうだし、本家のウルトラマンティガ以降も受け入れられるし。
成馬01 時代の変化かなぁ?デビルマンだとその辺り複雑だったよね。美樹ちゃんの父親は明くんをかばうけどそれが理由で拷問うけて殺されるし。
narko あれは戦時中のイメージですよね。永井さんぐらいがそのギリギリの世代なんですよね多分。
成馬01 おたく世代以前の人の漫画、トキワ荘世代ってその辺りの描写けっこうえげつないですよね。骨身に染み付いてるというか説得力あるというか。
narko 私あの暴徒のイメージって本当にそこまでいくか?って疑問もあるんですよね。特に今だと。
成馬01 う〜んそれは、なってみないとわかんないなぁ。今かりにデビルマンみたいな人が出てきたとしても人権思想みたいのがあるから簡単に差別とかしないかもしれないし、人権保護団体とかでるかもしれないし。
もえヒロ あぁデビルマンや寄生獣自体が一種の病気というか感染者みたいなイメージでもあるんですよね。深いなぁ
成馬01 で、結局「寄生獣」は人間対寄生獣の部分は寄生獣がうまく人間社会の中に適応したってことで終わってて、まぁそれはそれでリアリティあるんだけどね。
narko アレってもしかしたら人間の広川市長だけが人間に憎悪を燃やしてたのかもしれませんね。他の寄生獣は何だかんだっいっても動物なわけで生きられれば何でもいいわけで
そりゃ人間食ったら襲われるなら食わないですよ。っていう生物学的リアリティで押し切ったんですよね。
成馬01 あとヒロイン殺しも回避されてる。
あの進み方だとミギーが村野里美を殺さないといけないんだけど、それも書いてない。
かわりに浦上っていう殺人鬼を出して、人間は平気で人間を殺せるんだっていうモチーフを出してる。あれはちょっと時代のさきがけだったなぁ。今見ると古いけど。
もえヒロ 次は「うしおととら」ですけど
成馬01 これの場合最後まで行ってデビルマンだったのかなぁって思った。つまり「とら」何だけど
もえヒロ 話は主人公うしおの住んでる寺の地下に住んでた妖怪とらをうしおが解き放つことから始まるんですよね。
その時とらを封印してた「獣の槍」をもってるうしお妖怪「とら」の共同生活がやがては白面のものという大妖怪とのハルマゲドンになってくって話で
narko 岡田斗司夫さんは少年誌の極北であり限界って言い方してましたね。
成馬01 ネタばらししちゃうと「とら」=白面のもの=獣の槍なんだよね。とらは元人間で英雄だったんだけど守ってた民衆に裏切られて愛してた人も殺されて、その時の怒りから「白面のもの」が生まれる。
その「白面のもの」に殺された鍛冶屋が復讐のために作ったのが獣の槍で(その妹が幽霊になってまた戦う)、その槍を最初に使ったのが「とら」でその槍を使い続けたのが「とら」が妖怪「字伏せ」になった理由。
narko 長い(笑)
成馬01 つまりとらは不動明なんだ。
それがうしおという少年と出会うことで救われるって話かなぁ結局。
もえヒロ だから「うしお」ってのは結局デビルマンの失敗を見ていた当時の読者が大人になった姿ってことですか?
そういう形でデビルマン越えをしようと。
成馬01 うん。実際似たモチーフは後半の白面の者がうしおと関係があった人の記憶を消しちゃうトコからそうだし。
守るべきものがあった「うしお」が守るべきものを失い。守ものから敵として追われても、戦えるか?っていう。
narko まぁそれでも「とら」がいますからねぇ。孤独ではないですよね。むしろ「とら」とのつながりが再確認されてあのラストの怒涛の流れはスゴイと思う。
もえヒロ その「とら」と「うしお」の中も秋葉流をとらが殺しちゃうことで決裂しちゃうんですよね。
そこで一人で「白面のもの」に挑んで「獣の槍」は破壊される。普通だったらここで終わりですね。
成馬01 その辺りが岡田さんのいう少年誌の限界、つまりデビルマン的主題の回避なんだけど
結局、獣の槍の力が残ってて、その力でみんなの記憶が蘇ってみんなの力で大団円って感じで。
narko 少年誌としては美しい終わり方ですよね。とら=不動明も苦しいから解放されるっていう。
成馬01 でもこれもギリギリのトコで踏み込まなかったとも言える。
もえヒロ 次は冨樫義博さんの幽遊白書、これも少年漫画ですけど
成馬01 これは普通のバトルマンガだったんだけど途中から、つまり戸愚呂兄弟が出る暗黒武術大会編と仙水編から何だけど。今考えると戸愚呂弟も仙水忍も不動明の分身に見える、それを敵として出したのが「うしおととら」との違いだね。
narko 戸愚呂弟もですか?仙水はわかるけど。
成馬01 戸愚呂弟ってのは妖怪に弟子が殺された復讐として武術大会に出て、その優勝の報として妖怪の身体と不老不死?の身体を得るんですよ。
そして強さを求めて生きてく。
いわゆる不動明の中にあった。戦いを求める闘争本能の純化された姿という感じで
仙水忍も最初は過剰な正義感で霊界探偵として妖怪を憎んでたけど、妖怪以上に残酷な人間の宴
つまりデビルマン後半の悪魔収容所でのシーンだけど、あのシーンの再現で、それ以降人間悪という価値観に囚われる。
そして仙水にも戦う内に戦うことが自己目的化していくと語らせてる。
narko それってそのまんま当時の少年ジャンプイズム、主にドラゴンボールの孫悟空みたいな力への意思=善みたいな発想へのアンチですよね。
鳥山明さんもそれに気付いてたのか?孫悟空を善とか悪ってより、戦うためって動機を重視してますよね。ドラゴンボールの場合は半分居直りだったけど冨樫さんの場合、結果的にぶつかっちゃったって感じですよね。あの漫画特に仙水編じたいが優れたバトルマンガ論ですよね。
成馬01 樹の捨て台詞とかね
「俺達はもう飽きたんだ」「お前たちは別の相手を見つけて戦い続けるがいい」って
当時頭の悪い高校生だった俺にも、ジャンプ的価値観につきつけられた言葉だなぁってのはわかった。
もえヒロ で、デビルマン的課題にはどう答えたんですか?
成馬01 、まず戦う根拠を示したかな?それは主に友情っていうつながりなんだけど。
仲間がいるから120パーセントの力が出せるって方にもってくことで過去を捨て仲間を捨てた戸愚呂に勝てた。まぁ少年漫画の王道だけどね。
もえヒロ そっちはうまくまとまったんですよね。問題は仙水編で。
成馬01 あと仙水編で大事なのは、この回の敵って人間なんだよね。魔界の門の影響でテリトリーという超能力を見につけた人々で、みんな何らかの形で人間に絶望してて、そこで仙水と共鳴してる。
narko でもそれも思春期的な屈折ですよねだいたい。
御手洗が黒の章っていう人類の悪行をまとめたビデオ見て人間悪の価値観に染まるなんて、すごいありがち。あと刃霧要の同級生への嫌悪とかも、当時高校生だったから皮膚感覚でわかる。
もえヒロ あとDr神谷とか
登場人物の人類への悪意が妙に説得力ありますよね。丁度作画もおかしなことになってきて(笑)
あれは冨樫さんの中のものが出てるんだろうなぁ。
成馬01 「なるたる」の黒の子供会と仙水軍団の設定ってすごい似てるんだよなぁって思った。
narko それで結局主人公の幽助自体がデビルマンだったってオチなんですよね。それゆえかつて仲間だった霊界にも命を狙われる。
成馬01 あの辺りの流れってすごい覚えてるんだよなぁ。幽助も中学に行かなくなって孤立して元霊界探偵を尋ねたり、蛍子との別れとか。
多分リアルタイムで思春期に読んだから過剰に読み込んでるんだろうけど。
そういう思春期的なモチーフとバトル漫画とハルマゲドンのモチーフがうまく融合してた。
narko とりあえず幽助の明るさが話を救ってますよね。もっとナイーブなキャラだったらそれこそエヴァにシンジ君とかだったら破滅的な方に進んでたと思う。 
成馬01 今見ると幽助の明るさがいいんだよねぇ。
昔はもっと突きつめろって思ったけど。
冨樫さんのキャラって根本のトコでそういう強さ、あえていうならヤンキースピリッツあるよね。
今のハンターハンターも。
narko 冨樫さんはジャンプのバトル漫画にメスを入れたけど、一方でジャンプ的価値観を信じてるんですよね。いわゆる努力友情勝利なんだけど。
成馬01 魔界の大戦争が起きそうな混沌を幽助の「ただのケンカしよーぜ」の名のもと武道会にもってくとかね。あれジャンプ的なご都合主義、あるいは編集者の介入とか言う人いるけど、ああいう混沌とした状況を回収する方法として武道会って発想はありだなぁって思った、「戦闘主義」って作中では言われてたけど。
もえヒロ 結局幽白自体は作品自体がグチャグチャ(笑)になっちゃって、デビルマン的課題もほったらかしのまま進んじゃったけど。
成馬01 でも結論としては異界と人間界の融合、異物同士の共存だよね。妖怪と人間、レベルEなら宇宙人と人間って感じで、ある種アトム的な流れで。
その意味では正しい終わり方でデビルマンとは別の意味で説得力があると思う。
成馬01 あと一応最終話前で妖怪と人間の共存を阻もうとする霊界の過激派たちがテロを起こして幽助たちとの戦いになるんだよね。結構いいかげんな話だったけどあれを細かく書きたかったんだろうなぁ。
narko その辺りハンターハンターで語りなおすことに期待ですね。
もえヒロ で、次がエヴァですかね。
成馬01 まぁエヴァは何でもありだけど、これは主人公ってより全体のデザインみたいのがそうだよね。エヴァのデザインがロボットなのに怪物的だったり
もえヒロ 3話で使徒をプログナイフで刺した後、全体のフィルムに影がかかってるの見てシレーヌの死に様を思い出しました。
成馬01 あと19話のシンジ君のイッちゃった顔とかね。あの顔はまんま1巻の不動明だったし。
narko エヴァが敵の使徒のコピーしたものってのがデビルマン的ですよね。敵のコピーから生まれた主人公って。
もえヒロ あと映画版のラストの流れもね。映画版25話のエヴァシリーズに食い散らかされる2号機とアスカの描写って美樹ちゃん惨殺ですよね。
成馬01 そもそも名前がアスカだし(笑)
最後に人間同士の内ゲバになるのもだし、大槻ケンヂさんはラストをデビルマンのラストと重ねてましたよね。
narko つまりビジュアル的な部分が大きいのかなぁ
もえヒロ でもシンジ君と不動明は全然違いますよね。
シンジ君はどんどん内向してく。
成馬01 シンジ君には不動明みたいな自分を阻害する社会がイメージできないんですよね。せいぜい父親のイメージぐらいで。使徒もオヤジも自分を阻害するものってことでは同じ。
結局最後まで半径5メートルのセカイしか見てない。だから地球の平和とかより他人とどう付き合うとかの方が一大事で。
narko 漫画版は何とか加持さんを使って自分の社会的な立ち位置を確認させようとさせますよね。
うまく行くかはわかんないけど。
成馬01 デビルマンの時は反権力なんですよ多分、永井豪さんの中の反体制的な部分が社会とぶつかる感じが初期の作品はありますよね。ハレンチ学園とか
それがエヴァになるとあのネルフって組織そのものが学校みたいな管理社会で、そこでいい成績をとること、とか人とうまく付き合うとかの方が関心事になってく、それはバトルロワイアルなんかもそうだよね。
narko リバーズエッジいうとこの平坦な戦場ですね。
成馬01 だから怒りっていうより自壊というか自爆って感じで破壊衝動が出るんだ。
自分を壊すことで全部台無しにするみたいな。
なるたるの6巻みたいな。
デビルマンみたいな爽快感は全然ない。
narko まぁそっちの方が私たちの世代にはわかりますけどね。手塚さんとかだとロボットが革命とかするけど。そういうのってピンとこない。
成馬01 それは大友克洋さんのアニメ版AKIRAとか脚本を書いたメトロポリスとかに強く出てるね。体制派も反体制派も出来レースになってて鉄雄とかティマみたいな個人の暴走がそのゲーム自体を壊すって方向に行く。
narko 宮台真司さんは反社会から脱社会って言い方サカキバラ事件の時言ってましたね。
成馬01 で、それがセカイ系の流れに行くと、それでやっと「なるたる」ふーつながった。
narko あっその前に疑問があるんですけど、ヒーローものって普通スーパーマンか日本だとウルトラマンみたいのが王道ですよね。それに対して石ノ森章太郎さんの仮面ライダーとかデビルマンとかってダークヒーローというか悪玉のイメージじゃないですか。
成馬01 まぁバッタだもんね。
narko でも今の主流ってデビルマン路線だと思うんですよね。主人公は普通の男の子で、何かの怪物とか武器と融合してるみたいな話で。逆にスーパーマンみたいな話ってほとんどないですよね。あれは何なんでしょう?
成馬01 多分ねスーパーマンとかウルトラマンって白人酋長モノなんだよ。最近だとラストサムライとか。
高度な文明人、スーパーマンとかウルトラマンだと宇宙人、それが地球人を守ために戦うっていう。
そこにはストレートな憧れがある気がするんだ。
この構図はまだ生きてて、出方は違うけど本宮ひろ志のサラリーマン金太郎とかGTOとか、あれは逆に高貴な野蛮人たる不良が元気のない優等生を導くって話なんだけど。
もえヒロ 何か憧れや進む未来の象徴としてのヒーローってことですかね?
成馬01 うん、対して仮面ライダーとかデビルマンは敵の力を奪って戦う。だからそこには敵の力に半分侵食されてるって現実もある。
敵の力(文明)を取り込んだから戦えて生き残ったけど、その力のせいで元々あった自分の自明性が失なわててく。
これってまんま日本の歴史だと思わない?
narko あぁ敗戦でアメリカの文化が入ってきて経済大国になったけど日本の文化が失われてくっていう
ちょっと出来すぎ(笑)
植民地文化のヒーローなわけですねデビルマンは
成馬01 これが手塚さんや石ノ森さんだと、人間に戻る、戻りたいっていう希望があるんだよね。
「キカイダー」とか「どろろ」とか
でもなれないんだけど。
もえヒロ デビルマンは人間に戻るって発想ないですね。
成馬01 やっぱ日本だからってのはあると思うなぁ。
ああいう身体に異物が入ってるヒーロー像が人気なのって
narko ついでにいうと安易な二項対立も少ないですよね。
デビルマンだって人間とデーモンの対立があってその中間にデビルマンがいて両方に疎まれてるっていう形だし。そういや正義の味方が社会から疎まれるって構造もすごく多い。
あれは日本がいかにストレートに正しいことができないかってことだよなぁ。
成馬01 まぁヒーローが疎まれるのはアメコミでもそうだけどな。あれは国の認可を得てないわけですから。
narko 安易に体制側にもテロリストの側にも立てない日本の苦悩が現代ヒーローには透けて見えるわけですね。
もえヒロ と、ここまでデビルマンとデビルマン越えを目指した作品の遍歴について触れてきましたよね。
成馬01 あと触れてないトコでいうとあの話は実は不動明と飛鳥了と牧村美樹の三角関係だったってモチーフもありますよね。飛鳥ってのがいわゆる両性具有の堕天使サタンで、全部彼が仕組んだことだったってオチで。そのあたりは多分まだ完結してないベルセルクが引き継いでるのかなぁ?
今一番ポストデビルマンな作品。
もえヒロ デビルマン越えはできるでしょうか?
成馬01 できるかもしれないけど説得力ではかなわないと思う。巻数の問題だけど。
あとファンタジーだからね。あれを現代でやってたらまた評価変わるんだけどなぁ
もえヒロ じゃぁデビルマン越えは無理なんですか?我々には(笑)
成馬01 う〜ん無理とはいいたくないけど。
もえヒロ じゃぁ質問変えて、何であの話って説得力あるんですかね?
成馬01 何だろう?デーモン一族の作戦の見事さかなぁ?
まずいきなり同時多発テロとして特攻しかけてきて
その後姿を消して疑心暗鬼にして、人間社会の中にテロリスト=デーモンが混ざってるって情報を流す(っていうか雷沼教授の勘違いだけど)、そのせいで関係ないデビルマンが標的になって内ゲバになるっていう。
もしアルカイダがそこまで徹底してたらアメリカ滅んでたね多分。
narko 途中から不動明がこっちに話かけてくるじゃないですか?「あなたたちも巻き込まれるのです」ってあの辺から怖いし断定的なナレーションになりますよね。「人類には安全な場所はどこにもなかった」みたいに。
あの断定とスピード感にある気がするなぁ。
成馬01 あと人間って希望よりも絶望、喜劇よりも悲劇に納得してしまいやすいんじゃないかなぁ?
特に若い頃って
もえヒロ じゃあ「なるたる」はどうだったかも含めて次に行きます。

3.おたく表現の極北としての「なるたる」へ

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