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宮藤官九郎論
「ビバ!男の子ボーイズ」
 



開幕前一時間
「ベンチがアホやと野球が出来ん」

ゲスト/narko

成馬01 みなさんお久しぶりです。
今日は木更津キャッツアイ日本シリーズが公開さてた記念にこの作品をダシに
宮藤官九郎さんの作品とそこから見えるサブカルチャーにおける男の子表現に関する現時点での総括ってものをよろうと思っています。
もえヒロ こんにちわーアシスタントのもえヒロちゃんこと十萌祐子です。
今日は成馬01さんの対談相手としてゲストをお呼びしています。
NARKO こんにちわーNARKOで〜す。自分大好きナルシストのNARKOです。よろしく機械犬ワンワン
もえヒロ え〜ぇテンション高いですけどあまり気にしないでください。悪い人ではないので(笑)
NARKO 何よぉあんたケンカ売る気?まだIN毛も生え揃ってない餓鬼が偉そうに
もえヒロ そういう役割なんですよ!まったくサブカルばぁさんはすぐ若いコに嫉妬して
成馬01 まぁまぁそれより仕事仕事
宮藤官九郎作品を見ない人について
もえヒロ えぇ(半怒)この対談は木更津キャッツアイ日本シリーズの構成にならって野球形式で行いたいなぁっておもってます。それでまず試合開始前のウォームアップとして、まず作品評以前のクドカン作品をとりまく状況について簡単にまとめとこうと思ってます。
NARKO うわぁクドカンだって何かむかつく〜
もえヒロ 出た出た、サブカル女のいかにもな反応、あなた電グルとかオザケンとか言うミーハー女にカチンと来てた口でしょ、いるのよねぇ〜「私は昔からのコアなファンだったのよ〜」ってことをアイデンティティにして昔話ばっかり愚痴愚痴言うのよねぇ。
成馬01 もえヒロちゃん落ち着いて(アシスタントが状況かき乱してどうする)
もえヒロ どうせ私は大人計画が小劇場からやってた頃から知ってるのよぉ〜とか言うんでしょ
NARKO ・・・・いや演劇は・・・
もえヒロ えぇ〜もしかしてテレビから入ったにわかファン?
NARKO しょうがないでしょ地方に住んでりゃそんなもんよ、確かに私が宮藤さんを意識したのは池袋ウエストゲートパークよ!それまで大人計画なんて知りませんでした。
成馬01 俺が宮藤さんの名前知ったのは松尾スズキさんの本「星の短さ 寿命の長さ」で大人計画の役者紹介を松尾さんが紹介してて「ちっちゃな青島幸男」って紹介してたのが第一印象。俺の方がちょと早いな、まぁ俺も舞台の方はさっぱりで、松尾さんの戯曲をひととおり読んだのと、ビデオ化されている「キレイ 神様とまちあわせした女」を観たくらいなんだけど
もえヒロ まぁいいじゃないですか(笑)そういう先物買いに命燃やす人間がちゃんとした評論書けるかって言ったら別なんだから。でも、今、宮藤さんのドラマ観てる人ってどういう人なんですかね?
成馬01 やっと本題に戻った。
NARKO 「木更津キャッツアイ日本シリーズ」や「ピンポン」の客に関して言えばほとんど10代後半から20代前半の女の子ばっかだったわよ、たまに彼氏連れがいるって感じで、私、日記では九割女って書いたけど、単独で来てた男の子に限って言えば5パーセントって感じかなぁ?まぁ初日だったから今はわかんないけど
成馬01 多分男のファンはレンタルで見てる気がするなぁ、そういう時フットワークは女の子の方が軽いし
NARKO あと何だかんだいっても宮藤さんの映画もテレビも主演は男のアイドル俳優だもんね。ファンの女の子は宮藤さんの脚本目当てっていうよりぶっさんや窪塚目当てだし、GOもピンポンも池袋〜も木更津〜もハイレベルなアイドル映画として受け入れられた側面は絶対あるのよね。
逆に言うと主演がイケメンアイドルってだけではじいてる男のコって多いんですよねぇ。
成馬01 たまにあるんだよね。ジャンルの枠を超えちゃう作品って。少年ジャンプに載ってた「幽遊白書」とかロボットアニメの形式から入って自分探しに行っちゃったエヴァンゲリオンとか、あとKANONとかAIRとかの泣きギャルゲーとか
もえヒロ 無国籍アクションから「殺しの烙印」が生まれたようなものかな?
NARKO 近いトコだと堤幸彦さんの「ケイゾク」もそうでしょ、その手の作品ってまず、定型を高度になぞってそのジャンルの固定ファンを掴んだ後、好き勝手なことやりだして独自の個性をもっちゃうのよねぇ、カルトメジャーとでもいうか、だからそのジャンルのマニア以外の人はわりとスルーしちゃうのよね。
今のミステリー、例えば舞城王太郎さんの作品とかもそうですよね、一応ミステリーの定型をなぞってるんだけど、定型以外のトコでは好き勝手やってて、時に定型に突っ込み入れて定型を壊しちゃう。
もえヒロ じゃぁ木更津キャッツアイはアイドル映画のエヴァンゲリオンかぁ
成馬01 じゃぁ最後のアレは巨大綾波かぁ
NARKO まさかモー子が巨大化してぶっさんやバンビを取り込んでいくとはねぇ。まぁ男の子の仲良しグループに嫉妬する女の子の疎外感から来る悪意ってテーマは一貫して宮藤さんの中にはあるから、ありえない展開ではないんだけどね。
もえヒロ 観ていない人ごめんなさいね。九割嘘ですから(笑)
成馬01 って何の話だよ。
NARKO つまり。木更津キャッツアイはジャニーズの若手俳優を見せるために作られたアイドル映画だってこと。だから本放送の時は男の視聴者って多分少なかったと思う。
成馬01 俺は見てたけど、正直色眼鏡はあったと思う。そしたら生々しくてびっくりした。少女漫画の絵で稲中卓球部やってるって感じ。
だから視聴率が高くないのは当たり前なのよね。今評価してる人には悪いけど、完璧に送り手と受け手の意図がズレてるんだもん。基本的にジャニーズのタレントに少女が託してるものってドリームだもん。
もえヒロ でもそのわりにはヒットしたじゃないですか。
成馬01 だからちゃんと届くべきトコに届くまで一年半弱かかったんだと思う。
あと女の子の男の子に対する許容範囲が意外に広かったってのもあるよな気がするなぁ
あんな、あんなっていったら何だけど(笑)男男した世界を受け入れてくれるんだもん。
NARKO やっぱ堤さんがジャニーズのタレント使ってデタラメなドラマ(日本テレビの時代から池袋ウエストゲートパークまで含めて)撮り続けたことで蒔かれた種が一部とはいえ実ってるなぁって気はする。
でも尖がってるけど毒はないのよね。そこが時代かなぁ?
もえヒロ 毒がないから、いわゆる男のマニアックな、それこそエヴァにハマるような子は見てないのかもしれないですね。
成馬01 ここ数年、堤さんや宮藤さんが関わってるドラマっていわゆるカルト人気をはくしてるんだけど、意外とそれを語れる批評家っていないのよね。ネット見ても深く掘り下げる人っていなくて、面白い、かっこいいで終わっちゃう。
NARKO 元々語りたくなる作品と面白いけど語られない、面白いから観てとしか言えない作品って別れるんですよね。まぁ批評家の人が語らないのは単純に今のテレビドラマを観てないってことじゃないかなぁ?ああいう人ってアニメとか映画は持ち上げるけど、テレビドラマは差別じゃないけど、眼中にないですよね。
多分バカにしてるのよ。女子供のみるものだって、昔はアニメがその位置だったんだけど、エヴァとジブリの成功と押井守や大友克洋の海外からの逆輸入評価で底上げされたじゃない。でもそれとひきかえに熱は失ってると思うのは私だけかなぁ?
成馬01 アニメや映画に較べるとテレビって経済的に豊かでしょ、ちゃんとペイしてるっていうか、批評家って基本的にメジャーなものよりマイナーなものが、金持ちより貧乏が好きでしょ、成り上がりのドラマを共有できるし、だからメジャーの中にあるマイナーなものになかなか目が行かないんだと思う。
あと宮藤さんや堤さんのドラマって根本のトコで反体制に行ききれないトコがあるのよね、こう言われると堤さんは嫌かもしれないけど、評論書く人ってアウトローとか反体制が好きでしょ、基本的に
NARKO 三池崇史とかね。そう考えるとテレビドラマってだけで体制よりなのね。
もえヒロ あとキレる10代の無力感から来るナルシズムをあんま刺激しないですからね、そういう意味でのダメ人間を慰めるような居心地の良さはないから
そういうのが欲しい人はファウストとか読んで舞城王太郎や佐藤友哉にハマッてるでしょ。
成馬01 すごい乱暴に分類すると、今のサブカルチャーを愛好する男の子って映画秘宝派とファウスト派に別れる気がするんだ、オタク系とサブカル系、岡田斗司夫、唐沢俊一系のオタクと東浩紀系のオタクって言ってもいいけど
NARKO 私別の分類法あるよ。「俺」対「僕」
男の子の中にはオレの要素と僕の要素があると思うんだけど、東さんの側は僕のセカイなのよ、村上春樹にも通じるような、だから春樹経由ギャルゲー行きのルートはあるわけで、対して岡田、唐沢のルートはオレ系、まぁこの二人が自分のことを俺って呼ぶかっていったら別なんですけど。
もえヒロ そういや網状言論Fで小谷真理さんに「おたくって女みたい」って言われて喜んでたわよねぇ
成馬01 じゃあ、男らしいか男らしくないか?の違いかなぁ?
もえヒロ ってことは宮藤さんの作品はオレ系の男の子に受けてるの?
NARKO でもオレ系の人は尖がってておしゃれなもの嫌いだから、ホラ宮藤さんの作品は一応オシャレな若者向けって面が強いじゃない。だからそのパッケージだけで弾いてるオレ系の人って多い気がする、映画秘宝でも無視されてるし。
成馬01 かといってぼく系の男の子は作品に流れるイズムで乗り切れない。
それでどっちも食いつき悪くなってる気がするんだよね。大月隆寛さんは「木更津キャッツアイ」好きなんじゃないか?って睨んでるんだけど。
NARKO 評論では大塚英志さんが「キャラクター小説の作り方」の中で評価してますよね、ほしのこえと同じくらい衝撃的だったって、その話を東浩紀さんにも新現実でしてたけど、はぁ?って感じでスルーされてましたけどね。
成馬01 俺はあれ読んで大塚英志を再評価したね。腐っても目利きの才能は健在だって、逆に東浩紀はやっぱりわかんないんだろうなぁ〜って悲しくなった。
NARKO 頭いい子には一生わかんないわよ。バカは素晴らしいって話だもん、宮藤さんの脚本って
あぁ〜言っちゃった(笑)文字通りバカの壁ですね。
成馬01 バカって言っちゃうとアレだけど、宮藤さんの作品観ると人間ってのは愚かで、愚かだってことは面白くてかわいくてかっこいいんだなぁってつくづく思うなぁ。
NARKO バカはすべてをかねるのよね。
もえヒロ だから宮藤さんの作品を語るのって辛いのよね。言葉で語ろうとするとどんどん辛くなっていく。
成馬01 でも、もうそろそろ言葉にしとかないと、十年たったらわかんなくなるから
宮藤さんのセンス
NARKO 木更津キャッツアイ観てると電気グルーヴのオールナイトニッポンを思い出すんですよ。正確に言うと当時(90年代前半)聞いてた深夜放送
成馬01 古田新太さんもやってたよね、日本で一番偏差値の低い番組、あとスチャダラパーも小沢健二と組んでちょっとだけ、そういやウッチャンナンチャンも
もえヒロ 今は氣志團もやってますよね。宮藤さんもラジオ番組やってるし
成馬01 前に「かってに改蔵」についてちょっと書いた時に深夜放送センスって書いたんだけど、木更津〜にも同じものを感じるなぁ、すご〜くマニアックなラジオ、ああいうのってハマる人とハマらない人って二極化するじゃない。あのセンスって久しく無かったんだけど(海外ではサウスパークとかあるんだけど)宮藤官九郎さんや堤幸彦さんが引き継いでくれたなぁって思うんだ。
NARKO ただそれをゴールデンタイムのドラマでやるか?って思うけど。
成馬01 それは宮藤さんの功績ってよりも起用し続ける磯山晶さんの功績って気がする。功罪っていってもいいけど、あの人何考えてるんだろう?(笑)いや好意的な意味でだけどね。
NARKO ケイゾクの植田博樹さんはちゃんと当てようと思って作ってる気がするのよ。「ハンドク!!!」にしても「愛なんていらねぇよ夏」にしても当たり外れは別にして大衆はこれを見たがっているっていう確信があると思う。
だからちゃんとビューティフルライフやグッドラックみたいなホームランもかっ飛ばすし、それに較べると磯山さんの作品って自分が観たいもの、作りたいものを作ってるって気がする。もちろん私の観たいものと被るから熱心に観るんだけど、あまりに楽しくて怖くなるときがある。
もえヒロ なんかすごーく、身内であることを要求されるのよね。宮藤さんが六人目のキャッツになって横で聞いてるみたいに楽しんで欲しいって言ってたけどその距離感
NARKO そこまで近づくことができた人だけが楽しめるのよね。更に言うと一回近づくと、どんどん近づいていって距離がとれなくなる。マニア向け作品の宿命よね。
成馬01 ただ俺、そんなにマニア向け作品とは思わないんだ、基本のトコはベッタベタな人情話だと思うんだ。何だかんだ言って難病モノだし。
NARKO 思ったんだけど、「ジョジョの奇妙な冒険」の受け方に似てるわねぇ。あれも基本的な物語のベースって友情とか家族を称える人間賛歌なんだけど、作画とかスタンドといったギミックがハイセンス過ぎて入り口で弾かれる人もいるし。
もえヒロ これが冨樫さんの「幽遊白書」とか「ハンターハンター」だと逆なのよね、入り口はいかにもジャンプ的な努力友情勝利(+キャラ萌え)なんだけど、入っていくと実も蓋もない世界がまってる、冨樫さんの作品からカルトなものに目覚めた人って結構いると思うなぁ
ケイゾクとかトリックは冨樫さんの手法に近いな。入り口は入りやすいもん、まぁ最近のトリックはアレだけど。
地方都市と男の子
成馬01 木更津キャッツアイを観て考えたことが二つあるんだ。一つは地方都市の問題、もう一つは男の子の問題。多分単純に面白い以上に自分が引っかかったのはこの二つがあったからなんだと思う。
もえヒロ 実は「地方都市」も「男の子」も最近の映画やドラマでは人気のテーマなんですよね。
NARKO 木更津の一年前の2001年だと「リリィシュシュのすべて」がそうよね。
成馬01 あれ観ると典型的な日本人の地方都市観が出てるなぁって思って、何にもない町で少年犯罪が起きましたみたいな。
NARKO 少年というか男の子を描こうとするとどうしてイジメとか殺人とか負の部分がセットになるんですかね?私はリリィシュシュ観てて不快だった。もういいよそういうのって、同時期に「GO」も公開されてて評価されてたけど、ある意味当然だと思った。
もえヒロ この二つって同時期に公開されたんだけど、正反対なのよね、ちなみに「GO」の行定勲監督はリリィシュシュの岩井俊ニ監督の助監督をしてたので、師弟対決とも言えますよね。この構造って宮藤官九郎さんと松尾スズキさんの関係に似てますよね。
成馬01 結局、上の世代、60年代生まれ、オタク第一世代とか胸痛一次世代でもいいけど、その世代がネガティブな表現ってやりつくした感があるんだ。90年代に、リリィシュシュは残り香っていうか、当時の違和感って多分、無理して若いことをしようとしている痛さなんだよね。対して「GO」ってそんなことしなくても血肉化されてるから無理して新しいんだっていわなくてもいいんだっていう、もっと言うと古典とか古さ、ベタさを恐れない新しさがあった気がする。
NARKO う〜ん、褒めすぎって気もするけど(苦笑)
もえヒロ でも、上の世代から見ると「リリィシュシュのすべて」の方が新しく見えるんじゃないですかね?時代の閉塞感と向き合ってるみたいな。対して「GO」は能天気で、そんなに甘くないよみたいな捕らえ方をされてるような気がする。
成馬01 当時のキネマ旬報で川本三郎さんがそういうニュアンスで書いてた。GOの若者もやがてリリィシュシュのような閉塞感と向かいあわないといけなくなると、俺は逆だと思ったけどね。
NARKO この二つって典型的な「僕」派と「俺」派
の対立よね。結局「僕」って言い続ける男の子って無力感に酔ってるのよ。
もえヒロ 宮藤さんの脚本って家族とか友達、とか恋人とかあるいは友情とか差別とか死とか恋愛とかいわゆる大文字のテーマも全部あってちゃんと向き合ってるのよのね。そのベタさに気づかないで、見せ方の面白さにしか目が行かない人と、逆にそのベタさを指して凡庸だと思ってしまう人ばっかって気がするなぁ。
成馬01 俺はもっと先がある気がするんだ。つまり木更津キャッツアイのテーマじゃないけど「普通」であることが一番新しいんだみたいな。
新しいから最先端って発想自体もう古いでしょ、まぁ、だからといって「オトナ帝国」を絶賛してノスタルジーに浸ることOKみたいな風潮にも乗れないんだけど。
NARKO 結局ノスタルジーがいいって発想は、「ないものねだり」とか「隣りの芝生は〜」って発想だと思うだよきっと、その意味でファンタジー小説と同じ消費のされ方だと思う。
成馬01 木更津でも池袋でもいいけど、実際の場所はそんなでもないと思うんだ、それはドラマだから魅力的に見えるんだって、でもドラマを経由することで、その記憶(わるく言えば妄想)がその町を良くみせるんなら、それはやっぱ、えぇと〜
NARKO まぁまぁ気持ちはわかったから。
もえヒロ そういやもう一つ、これは宮藤さんの脚本だけじゃないけど、いわゆる演劇系の表現から来てる芝居の見せ方?徹底的に作り物に徹することで逆にリアルに見えるというか
成馬01 リアルって言い方は違うと思うなぁ。
例えば北野武の映画ってリアルって言われるじゃない。
NARKO うん
成馬01 あのリアルってさぁ要するに役者を徹底的に芝居させないで、現実のリアクションに近づけることで成立しているリアルなんだよね。そのためにいわゆる芝居の文法を取り払ってて、お笑いでいうと電波少年に近い。
もえヒロ ドキュメンタリーとか。
成馬01 うん、そう、でもさぁそれは多分、今思うとリアルじゃないんだよね。本当にリアルなものってリアルじゃないじゃん。
もえヒロ 簡単に言うとノイズが混ざるってことですよね。だから表現ってのは結局、雑多な現実の有象無象から、どれを抽出するかの違いで、たまたま北野武が抽出した部分が今までの監督が抽出しない部分だから新しく見えたってことなんだよね。
NARKO だから簡単にリアルって言いすぎなのよね、みんな。ファイトクラブでもリアルって言い方されるけど、あれは自分にとって刺激があること=リアル=生きている実感みたいなもので、結局外部からの刺激がみんな欲しいだけなのを素直に認めろって気がします。
成馬01 ちょっと気になるのはその刺激のパターン消費のためにドラマがあるような構造の作品が増えてる気がするんだよなぁ。はじめは隠し味のスパイスだった小ネタがメインになりはじめて、それを楽しむこと=作品を見ることになってて、今期のトリックなんてそれが強すぎる気がする、あんまりそれが続くとやばいなぁって気がする。
「愛なんていらねぇよ夏」が数字とれなかったのって多分それがなかったからですよね、あの失敗が今の方向に進んだ原因だと思いますよね。いい作品なんだけどなぁ。
今後、演劇発でドラマに入ってきた表現が小ネタ出力装置としてしか機能しないんだったら寂しいなぁ。

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