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終わってしまった90年と始まってしまった00代

written by成馬01


この項目は厳密な意味では発展的解消をさせてもらいます。というのも、自分の関心のある作家は基本的に両方にかかってて90年代と00年代のように分離してしまうと本質が見えずくなってしまうからです(例えば堤幸彦さん)
だから気になる作家なりがいたらその都度評論していくスタイルにさせていただきます。
単純に00年代とか90年代とかくくるとカッコイイかなぁとか思ってたんですわ。あぁ恥ずかしい
まぁいずれ便利な分類マシーンとか出たら再構成したいなぁとかは思うんですが、
はじめの構想としては終わらない100科辞典型の批評集を目指したんですよ。一つの項目の中にある知らない単語をクリックするとまたそれについて書かれた評論が出て、その中にまた評論があってというリンクを使った評論の迷路みたいなものを、まぁ構想だけは胸の留めます。
03・8・22



ただ総論として90年代とは何だったのか
そして00年代はどこへむかうのかを簡単にまとめとこうかなぁとは思います。ストレートな時代評もたまにはいいでしょう。

といってもこの総論は自分の意見でわありません。
EDENという漫画のあとがきにあったものを発展させたものです。遠藤浩輝さん著のEDEN9巻のあとがきに90年代はモラトリアムの時代だったという記述があります。
(かんけいないけどこの漫画はあとがきが毎回ものすごくおもしろいです)確かにこの時代のヒットしたアニメがエヴァンゲリオンだし、言いえて妙です。もっというとモラトリアム=猶予期間が終わった時代っていう方が正しいかもしれません。冷戦が終わってバブルが終わって、週末思想が終わって、アイドル幻想が終わっていろんなことが終わった、あるいは終わされた、そして終わったという表現すらも99年には機能せず終わってしまい、終われなくなってしまった。まぁ簡単にいえば宮台真司さんが終わりなき日常って言い方をしてましたが、あれですね。
そういや評論でもよく〜は終わったって言い方を見た気がします。94年のコミックボックスという漫画評論誌ではいがらしみきおさんが漫画は終わったって言い方をしていました。(まぁそのテの終わった終わったって言ってた雑誌や人の方がとっとと消えていったという見も蓋もない現実もあるのですが)
でもまぁ終わったって発想自体がモラトリアム的というか若者的な発想で、現実ってのはそう明確に何度も幕が下りたり上がったりしないわけでそもそも、そんなこと考えてたら生活できないわけですよね。むしろそれは願望というか妄想に近いわけで、(そういやキッズリターンの最後の台詞にもあったなぁ)もっとダラダラと続いていくわけですよね。

といってもそのダラダラと続いているという前提すらも壊れてきたのが00年代だろうか?もう夢見てる余裕がない、全部具体的になってきたというか(個人的なものもあるかも今でもモラトリアムに夢見てる人もいるし、俺だってはたから見ればそうなんだろうし)
最近気になるのはワイドショーで放送される犯罪が見も蓋もなくなってきていることなんだよね、特に同年代くらいの人の犯罪を見ると明らかに原因は貧乏であり痴情のもつれであり観念的な要素は0だなぁと思う。何か悲しくなるくらい安い。
モラトリアムの特徴は自己に対する評価というか関心が高くなることで自分の自分に対する関心も社会の自分に対する関心も90年代は高かった気がする、内面の過大評価というか、それはこの夏起こった12歳の事件と97年に起きた酒鬼薔薇事件のワイドショーの反応を見てもわかる、犯行声明の有無という違うを除いても、今回の世間の反応は12歳の男の子の内面を見るという方向よりもセキュリティの問題や親の責任問題の対する発言や怒り(それも驚くくらいストレートな)の方が多かった気がする、あとであの少年も似たような性的被害を受けてたという記事が出ても、反応は薄かったし、とにかく原因を知るより解決法をって感じだった。
まぁ「何で人を殺してはいけないの?」なんていうナイーブな問いかけにニュースが真剣に考えるのとどっちが健全かと問われれば今の方がまともなんだろうけど、具体的な豊かさとか余裕が当時の方があったんだなぁと改めて思った。
とりあえずの結論を出すと00年代はそういう方向性(まぁ時代ってのは前の10年を否定する方に動く傾向があるけど)

に進んでいくのだと思う。あと90年代はまるで機能しなかった政治とか国家とか戦争とかの概念が一見復活したように見えてニュースとか見ると当たり前に報道している。
でもこれは本当に身近な問題として迫ってきているのか?もっと国家との距離が近くなるのか?はわかんないけど
見も蓋もない形では近くなる気がする、つまり税金とか

今ネット上にセカイ系という言葉があるけど
あれはもしかしたら国家や政治が生活レベルで入り込んでくることに対する、90年代的な内面偏重主義の断末魔なのかもしれないなぁと書いてて思った。

この稿ひとまずの総論を書いて終わろうと思ったけど、まだ続けられる気がする、構成とか気にしないでガンガン書いていこう。

03・8・22

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