| 作品名 |
年代 |
ジャンル |
視聴状況 |
中指姫
俺たちゃどうなる |
93年 |
映画 |
03年ケーブルテレビにて |
03 7・15執筆
昔、ラジオでバブルガムブラザーズがこの映画の内容を語ってるのを聞いた時はわくわくした、ものすごいスピード感で次から次にゲストが出る、音楽的、確かそんな感じの説明だったと思う、結局観なかったが、のちにこれを監督したのが堤幸彦だと知り、さらにドキドキした、ケイゾクのあの編集センスで出来上がった作品は脳内でさらに肥大した。
で、やっと観れたこれは・・・・う〜ん。
結論から言うと駄作だ、たしかに上で言われた要素はあるのだが、それを繋ぎ止める物語がまるで機能してない、全て偶然と行き当たりばったりで話が進む。
ギャグも滑る滑る、当時の時事ネタなのかPKOとかの単語は出るがその中途半端な反権力ぷりがまた白ける。(中指立てる程度の反骨精神)
ただここで出されてるモチーフは後の作品例えば「溺れる魚」にも繋がってる。溺れる〜ではうまくいってたことがここではまったくうまくいってない。
思うにギャグや毒舌は何を言うかでなくいつ言うかの方が重大なのではないか?例えばケイゾクのラストでくだらない駄洒落を二人で言い合うシーンがあるのだが、これは背景でどうしようもない殺人事件が起きてる状況下だというのがあるため、生きる。ギャップがあればいいというわけではないと思うが、この頃(93年)と較べ今の方が死やテロが実感のあるものとしてあるから、ギャグにするハードルが高いんだと思う。しかもそこに現在の堤さんは自覚している(とりあえずトリックぐらいまでは)ギャグを言った後の不謹慎な感じが決定的にこの作品には欠けていたと思う。
余談だが今の堤さんの面白さは初期の駄作が支えてるような気がする。
人はつい駄作を価値がないものとして切捨てがちだが、駄作はいろいろ考えさせてくれる、中でも有用な駄作の使い方は俺ならどう撮るかを考えることだ。
俺ならこの作品をどう撮るか・・・・
個人的には提出されたモチーフはとても好きだ
ひょんなことから犯人にされた男2人と女一人のロードムービーそれを追いかける警察、3人に舞い降りる不運の数々、三人は全てのケリをつけるためある場所に向かう、果たして運命は!
視点はどっちかに限定するかもな。
今思いつくのはこれくらいか。
ここから今のクオリティまで築き上げてきたのか。数こなすのは大事だなぁと教えてくれるという意味において、価値ある駄作だと思う。
追記、ちなみに名義は堤ユキヒコ。 |
| ポケベルが鳴らなくて |
同上 |
テレビドラマ |
本放送のみ(うろ覚え) |
03・7・14執筆
多分はじめて観た堤幸彦演出作品
当時自分にとってアイドル様だった、裕木奈江と坂井真紀が共演するドラマとして楽しみだったのを覚えてる、それにしてもこのタイトルがいかにも秋元康って感じがする。
話の筋は緒形拳と裕木奈江の不倫と家族崩壊劇(だったと思う)
一話ラストの雨に濡れて捨てられた子犬みたくなってる裕木奈江のシーンをよーく覚えてる。
というか覚えてるのはそのくらいだ。
当時日本テレビのドラマは好きだったんだけど(「悪女」とか「お茶の間」とか)このドラマあたりからつまらなくなっていった気がする、いうなれば関西テレビからオフィスクレッシェンドへっていう流れなんだけど、だから日本テレビ時代の堤作品にかんしては愛憎半場だ。
この作品で裕木奈江は嫌いな女性タレントとして不動の地位を獲得した、多分女性誌を読むような人にとって旦那が奪われるって危機感をかなりリアルに感じさせる存在なのだろう。
もっともそういう役だったのだからその嫌われ方はまんま役者としての評価なのだろうけど
他には最終話は裕木奈江が後姿しか出てないとか悪い意味で伝説が多い作品だ。 |
さよならニッポン!
南の島の独立宣言 |
95年 |
映画 |
00年にビデオで一回 |
03・7・15執筆
冒頭の緒形拳の体を全裸の女が拭く描写が印象的だった、
リアルタイムでは観ていないが95年当時日本から独立するという内容がオウムを連想させるということで公開が危うくなったりと結構ワリを食ってた記憶がある。テーマはすごく面白く、そのテーマ(ニッポンの小さな島がいかに独立した国家になるかという過程)を描くためのディテールがこと細かにそつなく描かれていて、レンタルで観るならその値段なりの満足は得られる出来だと思う。
ただ逆にいうとその、良く出来た作品以上の域には達してなくて、ケイゾクのような作家性には至ってない。
これは映画という枠も関係あると思う、どうにも堤さんの映画は必要以上に構えるのかテレビドラマのような自由さが出ない、まぁフィルムというのも関係あると思う。
なおこのモチーフ、小さな共同体を作り国家と対立するという話は形を変え何度か出てくるが、まだ描ききってない気がする。(一時期、村上龍の「希望の国のエクソダス」をやるという話があったがもし実現してたらこの続編のような形になった気がする)この種のテーマをモチーフとする人は結構いる気がするけど、その記憶の素は浅間山荘事件なのだろうと思う。 |
| ハンサムマン |
同上 |
テレビドラマ |
本放送で何回か
(ほとんど記憶なし) |
03 7・15執筆
ハンサムでプレイボーイの男がなんかの拍子で不細工な男に変身するコメディだったと思う。
正直ちゃんと見た記憶がほとんどないので語る資格なしなんだけど、放送がテレビ朝日だったり、企画に秋元康が関わってたりという点が興味深い。
堤作品を語る際どうしても初期の駄作を無視しがちになるけど、実はそれはテクニックの問題で、その人の抱えるテーマやモチーフはそんなに変わらないのではないか?これは中指姫を見た時、特に思った。
で、だいたいの作品は次の作品に繋げてるんだけど(金田一→ケイゾク→トリック、僕らの勇気→池袋→ハンドク→STAND
UP)この作品だけ次に繋がる何かがまだ無い気がする。あえていえばモテの問題つながりでSTAND UPへ向かうのか?その辺が気になる
追記、この作品新聞の予告欄で有名ドラマのフレーズを繋ぎ合わせたタイトルを多用してた気がする、結局、無駄なあがきだったけど、そういうのがいかにも秋元康って気がする。 |
| 金田一少年の事件簿 |
96年 |
テレビドラマ |
本放送のみ(うろ覚え) |
| サイコメトラーEIJI |
97年 |
テレビドラマ |
本放送で何回か
(ほとんど観てない) |
ぼくらの勇気
〜未満都市〜 |
同上 |
テレビドラマ |
本放送のみ |
ハルモニア
〜この愛の果て〜 |
98年 |
テレビドラマ |
02年ビデオにて |
|
02 12・20の日誌より
仮に日本テレビ土曜9時枠の仕事を第一期堤幸彦の仕事だと想定するなら(まぁバラエティや映画もその前にやってるんんだけど)これはその集大成、この後より作家性の強いケイゾクへ行くのはわかる気がする。
たしか当時(98〜99ぐらい?)絶対音感という単語がブームになりかけててよく耳にしてこれもその便乗企画かな?と当時思ってたけど、そのレベルは超えてる。
1話はわりと普通のドラマでこの後ラブストーリー(多分ヒロインの由希が心を取り戻すほうへ行く、ひょっとしたらヘレンケラーが着想の元かも?)へと行く、まぁ手堅い職人的な作りの作品かなぁと思ってたらその予感がガンガン崩されていった(この時点では作家性の強さはオープニングくらいにしか感じられない)特に、主人公の代わりに由希にチェロを教えようとした人間が由希と対峙することでトラウマを暴かれたり事故にあったりするとこからは、どこへ行くんだ?このドラマは?と思い、天才チェロ奏者ルーメイ・メンドーサー(あしたのジョーのホセからか?)のビデオを見たことでルーメイをコピーしてしまってからの展開も今までの狭い展開が一気に拡大してすごく楽しんだ。
少し残念に思ったのは主人公の東野秀行のドラマと由希のドラマがあまりリンクし切れなかったトコか?
どうしても東野の側の話が唐突なつけたしのような気がする、部分部分ではたとえば弟の自殺までの過程の話、特にサッカーのシーンとラストのオセロのシーン、映像的には美しいのだが、こっちは由希のドラマを追うので精一杯で何で今更?って思ってしまう、
あっちが非日常的過ぎるからせめて東野の側は平凡な家庭にしておいた方がバランスが良かったような気もする、ただこのラスト近くの美少年の唐突な死というモチーフは後の池袋ウエストゲートパークに生かされてるなぁと連想した。(きたろうさんが刑事役で出てたり、でもすごく真面目な役で)
書いてて思ったんだけど、まともなキャラがいそうでいないんだな、このドラマ。まぁ堤さんのドラマってことを考えると仕方ないんだけど、わりと映像センスの凄みで誤魔化されてる面があるのかも。
この作品のテーマは明確にある。
それはコピーとオリジナルの問題だ、この問題を掘り下げようとしたためにある種の高級感がある。
はじめルーメイの演奏方法をコピーしたため一躍スターとなる由希、周りからも受け入れられ、担当の女医師も社会に受け入れられたと喜ぶ。しかし主人公の秀行とその先生は悲しむ、それが自分の音でないからだ。
プロにとって人の真似で認められるより自分にしか出せない音を出す、これが命題だ、しかし世間はルーメイのコピーとしての由希を望み絶賛する。この断絶を描けるのは作家性の強い堤さんだからだと思う。
そしてラスト、自分の音を日本クラシック大賞の席で出す、その音はたしかに自分の音だが、わまりの審査員は(東野の先生を除き)皆困惑する。
普通の通俗な作家なら題名を使い「これぞハルモニア!!」とか審査員に言わせ大拍手の中、由希が死んでいくとかそういう作りにするだろう
(もしかしたら単に原作に忠実なだけかもしれない、現在原作は未読なのでわからない)しかし、そういう感動的な一体感は得られない、あくまで音に対する基準は相対的なものとしてこの作品は描いた。
(そもそも万人を感動させる芸術という概念自体が難しいものがある、特に「神の音」となれば理解できる人間が何人いることか、よく芸術家を主人公にしたドラマが失敗するのはその芸術家の作った作品の感動がこっちに伝わらないからだ、否それが伝わると思うこと事態がおこがましい、もし伝えようと思うなら、ガラスの仮面みたくあえて審査員に絶賛させるのが限界だと思う、でもそれすら漫画だからギリギリセーフで生身の役者がやるとやっぱり無理が出る。まぁそれを笑うという楽しみ方は有りなんだけど)
このストイックな姿勢に逆に見ている側は「俺は理解しているぞ!」という気分にさせてくれる。
さて最後に由希は心を取り戻したのか?どうも一概にそういうのは難しいなぁと見ていて思った。あの演奏にしても由希のオリジナルというより秀行の望む形を演奏したような気もする、相手が望む姿を演じた?
由希は対自した人間の鏡像として作動しているような気がした。だから秀行のしたことは自分の望む由希を作り上げたことで、それが本当の由希の姿であるとはいえないのでわないか?
由希が望んでることなんだ!といいながら結局自分のしたいこと、してあげたいことをしていたのではないのか?
このような思いが宙吊りにされてドラマは終わった気がする。
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| ケイゾク |
99年 |
テレビドラマ |
99年ビデオで、
その後何回も見てる |
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03 7・14
冷たさがいい、逆に最近の堤作品って小ネタが多くなりすぎたのかなぁと思った。
観てて無駄が全然ない、必要最小限のパーツだけで出来てるって気がする、エピソードもだけど、主人公の柴田淳の行動が徹底して分析的に試験問題を解くみたいにトリックを解いていく、その非人情っぷりがゾクゾクする、それに真山徹の狂った見も蓋もない説教で観てる側がこの上なく不快にされ番組はプツッて終わる、この突き放し方が素晴らしい。
不快の快楽というかイヤな気分の気持ち悪さ、そういうものを感じる。
最初にビデオで見た時は後半の暴走が面白かったけど、今見ると前半の後味の悪い話の方がいいな、一話1エピソードだから見やすいし、いかに視聴者にイヤな気分にするかに命かけてる。面白いなぁと思うのはこのドラマって依頼人と犯人と被害者がほとんど同じなんだよなぁ。「金田一少年の事件簿」の時は犯人こそが実は最大の被害者ってオチが多かった気がするけど、それをより意識的に展開してる気がする、もっというとミステリーというジャンルに対する批評というか
例えば柴田淳は事件を解くことはできてもその犯人の内面を解決することはできない、むしろ神経を逆立てさせる、そこで犯人の自分語りが始まる、
謎解き→犯人の自分語り→逮捕
がミステリーのパターンで金田一の場合は逮捕の代わりに犯人の自殺ってオチが多くて結果的に犯人が殺人するのもしょうがないかなぁって気分にさせて終わってたけど
(これ実は既存のミステリーのパターンだと思う、ミステリーで死ぬのはだいたい嫌な奴で犯人は追い込まれたいい奴、さすがに今は減ったけど)ケイゾクは犯人の自分語りの後に真山の見も蓋もない説教が入る。
この一点に置いて他のミステリーとは違う領域に突入できたのだと思う。
真山は何故説教できるのか?それがそのまま後半のエピソードに繋がるのだが真山もまた妹を殺された被害者だ。被害者こそ犯人だったというケイゾクのパターンでいえば真山もまた犯人というオチになり柴田達に逮捕されるのか。
この真山が悪か否かという揺さぶりが(観てる間はホントわかんない最初に真山と話てたルポライターが殺されるのだがそのシーンの描きかたもすごく揺さぶる)最初から一貫してて関心の持続に繋がる。
この描き方なら朝倉達は犯人でなくて実は妹を殺したのは真山だったというオチでもありえたかもって思わせる。この揺さぶりと混乱がホントに楽しかった、その意味でケイゾクは真山の物語といえるかもしれない。
この作品は堤幸彦さんが初めて植田博樹プロデューサーと組んだ作品だが植田プロデューサーと組んだ作品は他の作品と較べてある種の作家性というか重さがあると思う。
ケイゾクに関して言うとあの後半の警察社会の描きかたはやはり植田さん(ある種の組織社会をわかってる人)だからだと思う、組織とか社会といった目に見える部分以外の世界の奥行きの有無がはっきり出る気がする。
惜しいのはその後のスペシャル、映画版と進むにつれその部分がやや薄っぺらくなっていくことだ(スペシャル版のマスコミ批判は自己批判としても安易だし映画になると観念的になりすぎる、その意味で映画版は惜しい結果だと思う、あと1時間という枠がケイゾクの面白さの本質って気がする2時間だと小ネタが多くなりすぎる)世間的に評価されたのはその観念的な部分みたいだが(特集の雑誌を読んだ印象、唯一植田さんと大月俊倫さんの対談での大月さんの意見がその部分を指摘してた気がする)社会的な部分が追及された時のケイゾクがどうなったのだろうと時々思う。
長くなりすぎたので要点をまとめるならケイゾクは
その冷たさとミステリーに対するある種の批評性と社会性において優れた作品だと言える。ただしその人気の素となったのはその充実した小ネタと観念性においてだけど
補 小ネタ 映像センス 冷たさは堤幸彦パート
社会性 観念性(エヴァっぽさ)は植田博樹パートと言える
あと殺された妹の復讐ってモチーフは佐藤友哉氏のフリッカー式を思わせる、順番は逆だけど、植田プロデュース作品には難病と妹っていう極めておたく的なモチーフのビューティフルライフがある(妹ってのは渡部篤郎の役から見てだけど) 結構その手のおたく的なモチーフを使う人だ。
あと書き忘れたのは「過去は未来に復讐する」という9話のタイトル、このフレーズにしびれた。
ある種ケイゾクの本質をつくタイトルだと思う。時々思い出すフレーズだ。
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| ブラックジャック |
00年 |
単発ドラマ |
本放送のみ |
おそらく自分が意識的にテレビで見た初めての堤作品、
ケイゾク以降より暴走し洗練されていった映像センスが堪能できる。
以外なのは劇画を取り込んだ以降の手塚治虫のブラックなセンスと堤さんのセンスはかなり相性がいいということだ。グロさとヒューマニズムの融合とでもいおうか、(あとハッタリ臭さとか)
あと手塚治虫の無国籍な感じが堤さんの映像とマッチする。
最初はブラックジャックを三枚目に描くことでうまくアレンジしたなと思ったけど、そんなことなく原作も三枚目な部分がかなりある、というかこれはブラックジャックが三枚目というより手塚治虫が照れてるのだろう。
そういう視点でみると堤さんも照れ系だ。
ここでの医者の描写がハンドク!!!に繋がっている。
個人的に面白かったのはピノコが双子になってたことだ。しかも同時に話すし
このシリーズは2、3と製作されたけど、まぁ印象は同じかな。 |
| 池袋ウエストゲートパーク |
同上 |
テレビドラマ |
本放送とビデオで何回か |
03・8・18執筆
やっと福岡でも再放送が始まって毎週見ている。
とりあえず3話まで観ているので、そこまでの感想をかいておきたいと思う。
いちごの回
1話は登場人物と舞台の紹介に丸々費やされていて、まるで主人公のマコトにブクロを案内されているかのようだ。ケイゾクに較べると余裕をもった作りだがその分ダレていて、正直そんなには面白くない。
作り手も受けてもまだ手探りの感じだ。
オープニングのボーリング場のおねーちゃん(名前忘れた)が池袋西口公園をウエストゲートパーク
IWGPと読み替える所から物語が始まるのは、現実を虚構化するという作品のテーマをうまく表現している、これをベタと思うか、あえてやってると思うかで、この作品の楽しみ方は違ってくると思う。
あと書いておくべきは、マコトがモテるキャラとして描かれてることだ。ここまで堂々と男らしくてカッコイイ(そして少しバカ)キャラをドラマに出した功績はデカいと思う。このマコトの描写は原作だともっとクールだ。宮籐さんはこういうキャラ(典型的な男の子)を堂々と描けるのが実はテクニック以上に強みなのではないかと思う。
にんじんの回
この回からいわゆるトラブルシューターとしてのマコトの活躍が始まる。その解決方法が面白い
簡単に言うと人海戦術だ。マコトが犯人の情報を集め、その情報をGボーイズに配り犯人を見つける。
もちろんGボーイズは不良で頭も悪いからデタラメなことをして(事件にかこつけて親父狩りをしたり、ドンキホーテで買ったメガネをかけさせて偽の犯人をでっちあげたり。)元々Gボーイズとの関係自体がリーダーのタカシがマコトに一目置いてるから成立するもので、必ずしもマコトに忠誠を誓ってるわけではない。そのために起こる不協和音(たいていの場合Gボーイズのやりすぎで警察ともめる)がまた新たなドラマを作りその種がラストに繋がっている。
それ以外にも警察とも仲良くヤクザにも繋がりがある。この仲間の多さで事件を解決する探偵というのは、ちょっと珍しいパターンなのでは?と思った。
宮籐さんの作品を見てるとどうも仲間という関係に対する信頼が強い気がする。多分世代によるものもあると思し、宮籐さん自体が大人計画という母体を持っているトコに寄るとこもかなりあると思う。
(これが師匠筋の松尾スズキさんになると、仲間意識はあっても、いつか裏切る、あるいは裏切られるのではという緊張感があるし、松尾さんと同年代で親交が多くある庵野秀明さんの作品も仲間はいても最後は自分という個に入っていく構造がある。似た構造としては直接師弟関係はないけど望月峯太郎さんの作品と古谷実さんの作品の関係も似た構造がある)
これが世代的なものなのか個人的なものなのかは良くわからないけど、仲間意識の強さを宮籐さんの作品を見てると強く感じる。
みかんの回
ヤクザのサルと引きこもりの少年が出てくる回
一話完結でとても観やすい。池袋〜は当時の風俗に寄る所が大きいので(といっても武田久美子のポスターだからそうでもないか)今見ると少し古いかもと心配したけど、それはそれで普遍的な物語として成立していた気がする。この回はヤクザという概念が出て
これでカラーギャング、警察、ヤクザという3大組織が揃いぶみでいい感じで人間関係の坩堝になっている。それにしても風俗の入れ方がうまいなぁと思う
ギリギリ恥ずかしくない。
この普遍性は何なんだろうか?
あとちょっとマコトがキムタクっぽい。
しいたけの回
03・8・20
風俗嬢のチアキの恋人、外国人のアリをヤクザから匿う話。原作は短編集のようなつくりなのだが、連続ものとしてうまく組みかえられているなぁと思った。たとえば山井とヒカルは原作では第一話しかでないのだが、まるで違和感がない、特にヒカルのややオツムの足りない女の子としての魅力が全開だ(
あだ名がしいたけとか)宮籐さんはこういう頭が悪そうな女の子の描写が抜群にうまい、こういう子を描ける人は今ほとんどいないって気がする。
それは風俗嬢のチアキもだしマコトの母ちゃんもそうだけど、何というか元ヤンでセックスの匂いが当たり前にする女とでもいうのか、その描写がうまい。
なんか宮籐さんの脚本に対する感想ばっかりだなぁ
まぁ演出は金子文紀さんなんだけど、
堤さんの味がでるのは後半かな。
一応探偵モノとしてはこの回はチームを組む、大金を使って準備をする過程が楽しい。その分解決があっさりしてたかなって気がする。
ゴリラの回
元女でマコトの幼馴染の翔にネットアイドルのアスミをつけ狙うストーカーからの警護を依頼される話。
この話が一番時代性というか風俗に寄っている、だから新鮮味という点では若干古くなってる。(当時はインターネットから生まれたものを使うだけで新鮮だった)旬の話題というのは旬を過ぎると古くて恥ずかしいものになりがちだけど、今の所、そんなに恥ずかしくない。話としてはアスミのえげつなさと翔がストーカーにこいつは体で学習しないといけねぇといって最後にボコボコにする所、中途半端に暴力を否定しないで彼らなりの法というか仁義があるのが、いいなぁと思った(これは3話のサルの落とし前の付け方も含めて)03・10・11Up
6チャンネル(TBSのマーク)の回
数字に価値を見出しいつも数えてる少年とマコトの友情の話、原作では「少年計数機」
当時あった「解決熟女」というズうズうしいババァがダメ人間に説教する番組に出るタイプのおばさん女優が自分の息子の後始末をマコトに依頼するというのがいい、多分現実もそんなもんだろう。あとワンギャルが出てた気がする。
この作品には度々ニュースで池袋のカラーギャングが危険な存在としてとりあげられ、一方でダラダラ、ダベッてる単なる若者としてのGボーイズの描写をしていて、そのテレビと現実のギャップがうまく笑いに転化されてるシーンがある。例えば川崎麻世が本人として出るのもそうだけど、このテレビが当たり前に日常にあって芸能人がまんま出てくる作品世界は虚構と現実が入り混じった印象を与える。例えばゲームやテレビの世界をあんなのは虚構だ、本当のリアルってのは大自然の中で人と人の営みがうんぬんって言ってしまえばわかりやすいが、自分の生活を考えてみてもちょっと歩けばコンビニがあるし、情報を仕入れるのは人と人の口コミよりもテレビやインターネットだったりする。
こういう虚構が生活の隅々まで入り込んでるのが当たり前だろっていうアプローチを感じて当時新しいなぁと感じた。
あと、この回でもうGボーイズと警察とヤクザの対立の芽が出ている。この複雑さは今見ても面白い。戦国時代とかをつかわずにこんな戦略シュミレーションみたいな話が作れるのだなぁと感心した。03・10・11UP |
| TRICK |
同上 |
テレビドラマ |
本放送とビデオで何度も |
03・08・20
簡単に言うと奇術士山田と学者に上田によるインチキ霊能者との霊能力暴きバトル。
仲間由紀恵の出世作、堤作品で弾ける役者は多いけどその一人だと思う。
ただ堤演出の洗礼を受けた役者は個性が強くなりすぎて、結構、諸刃の剣かもしれない。
その意味では仲間由紀恵はバランスをうまくとってる気がする。
基本は金田一やケイゾクと同じ構造なんだけど、1エピソードに2〜3話とかけてるため少しダレた印象がある。多分、この辺から堤ブランドみたいのが定着して、一話で点をとらなくても許してもらえる環境が出来たのかもしれない。あと深夜枠といのもあるだろう
その意味でものすごく自由にやれたんだと思う。
全話見た印象でいうと、オカルト批判というテーマが一貫しているなぁということ、2になるとその辺は拡散して小ネタのためにストーリーがあるみたいになるんだけど、1ではまだ緊張感があり、だから10話の今までオカルト批判をしてきた山田が実は霊能力者では?という引きが生きている。
あとはケイゾクからの後味の悪いオチ
3話の残された信者をどうするんだという問いかけや
9話の病気の子供に対して千里眼の男が言った台詞、犯人の捨て台詞の後味の悪さはケイゾクより上だ。山田もケイゾクの柴田と同じで事件を解決することは出きても根本的な問題は解決できない。
つまりオカルトにハマる信者の内面の問題(あるいは医学では助からない人間の藁にもすがりたいという思い、オカルトに行くのはだいたい内面の問題か医学で助からない体の問題、あと現世利益の3つだと思う、この3つに価値観がトリックには頻繁に出る)
だけど、ただこれについては2、映画版と進むことで以外な解決法を提示したような気がする。それはまたのちのち。 |
| 溺れる魚 |
01年 |
映画 |
ビデオで何度も何度も |
03・7・16
戸梶圭太さんの原作を見事に映像化、今、戸梶さんの作品を映像化できるには堤さんだけだろう、個人的にとても好きな作品で、これとケイゾクと池袋ウエストゲートパークがとりあえずオススメ堤作品だ。
ストーリーをわかりやすく言うならば、警察内での汚職事件と企業恐喝事件が絡み合い、それを二人の刑事が解決するという話。・・・・ととりあえず思ってください。何というか堤さんがもつ小ネタの良さ(必要以上に個性的すぎるキャラも含めて)がうまく機能している、たとえば企業恐喝の内容が「巨根と書かれたランニングシャツを着て下半身丸出しで街中を走れ」だったり「モーニング娘。の衣装を着て街中でハッピーサマーウエディングを歌いながら衣装を一枚ずつ脱げだったり」と一々面白い(それを行うのは会社の重役)反権力もここまで来てやっと面白くなるし笑える。特に歌ってる最中にその重役の娘が来てやめて!と泣きつくくだりが最高だ。
そして中盤の脅迫金の奪い合いの銃撃戦が最高。
恐喝犯捕獲に乗り出すヤクザと警察と犯人にたまたま居合わせた宗教団体(教祖は野際陽子)と宍戸錠(本人)が絡むシーンはわけわかんないけど面白い。
このシーンだけでも見る価値あり。
ただこの後がちょっとテンション下がる。物語を収束させるためにラスボスを設定して(しかも権力者)それとのバトルになるんだけど、ちょっと観やすくなりすぎるんだよなぁ。これが原作だと最後まで混沌としたまま突っ走る。
ただ原作の場合、そのせいで誰が何やってるかごちゃごちゃしてよくわからない点があり必ずしも成功作(戸梶作品の中で)と言えないと思う。
この欠点がわかってこういう展開になったのだと思うのだが。
金田一以降、堤さんは物語をまとめるノウハウを身に着けたのだと思うけど、逆にそれが枷になってるのかなぁと思う。枷があるから好き勝手できるけど、その枷にせいで作品が広がらない。
この枠を超えるまとめ方のパターンを見つけられるかが、今後の鍵と思う。
とは言え中盤のデタラメなテンションの高さ、バカバカしさ、面白さは必見の価値有りだと思う。
追記、面白いものの面白さを伝えるのは難しいなぁ、とくにこういうノリとテンションの高さが売りのものは、とにかく見て欲しい、オススメ |
| ハンドク!!! |
01年 |
テレビドラマ |
02年にビデオで |
|
本放送(2001年秋)の時は裏のレッツゴー永田町の方が面白いなぁと思い、斜めに見ていて、そもそも堤さんが医者モノを撮ると(まぁブラックジャックを撮ってたりしたんだけど)思わなかったので、1,2話を見逃したせいもあり、はまれずに終わったんだけど、改めて1話から見ると、やっぱ面白いなぁ。 (あとこの時期、前作のトリックもそうなんだけど、だんだん自己模倣に近くなっているような気がして、このまま閉じたマニア向けの作家になるような気がしていた。でもそれはいらぬ懸念だったかな?と「愛なんていらねぇよ夏」とか見てると思った)
話は杉田玄百(←白ではない)記念病院ことSMHに就職したての半人前の医者ハンドク4人の成長物語というのを建前にした。医療モノ 主人公は狭間一番、通称バカイチ、このヤンキー上がり (性格にはブクロのギャング、この設定から個人的には池袋ウエストゲートパークのマコトがそのまま大人社会に入ってきたようなものかと思った、元ヤンが先生になるGTOみたく、ヤンキーセンス、ある種本宮ひろ志的なヒーローの復権による硬直した大人社会への強行突破をテーマとする作品は個々最近増えていて個人的に面白い、これは多分オタク側が生み出したエヴァのシンジ君的な閉じた傍観者的態度へのアンチなのだろう) の医者(視力6.0のパワーで試験に合格)がSMHで様々な患者と出会い治療する際の医療方針での院長の新堂一子(字間違ってるかも)との対立がドラマとなっている。 設定面でうまくいってるなと思ったのは主人公のバカイチ達がハンドクなので自分で患者を手術できないで院長だったり先輩の財前先生に手術を頼まないといけない所、つまり逆ブラックジャックというか、普通の医者のドラマだと主人公は天才医師とかで患者を直せるか?が山場になるんだけど、その万能性が初めから奪われてるのだ、だから山場は本来治療できない患者(病院の事情だったり犯罪者だったりで)の手術をしてくれとバカイチが説得する所になる。 ここで対立軸がものすごい明確になるのだ。これがうまいと思った また、ここで病気を治しても患者が必ずしも幸せになるとは限らない、むしろ不幸になるのではないか?と問うような展開がこの後ラスト5分くらいでまってる。これはケイゾクが犯人を見つけて事件を解決しても被害者は幸せになれずむしろ不幸になるという展開を連想させる、この辺はもしかしたらプロデューサーの植田さんのテイストなのかも知れない。多分あの過剰な組織社会の描写も。(堤さんの作品は組む脚本家やプロデューサーによって微妙に変化する、この辺の変化も面白い)
ただ、このラスト5分のひっくり返し、後味の悪いオチはハンドクでは必ずしもうまくはいってないような気がした。例えば2話でイチバンに救われた少女が両親との海外旅行の際、列車事故で死亡したことが院長から伝えられ、どっちにせよ患者は死ぬ運命だったんだということが強調されるが、これはいくらなんでも唐突で客観的に見ればただの偶然だ。もしかしたらこの不確定な揺さぶりは今後へのひっぱりだったのかもしれないけど、この時点で少し醒めてしまう。
こういう唐突な感じが何度かある、確かに人生にはこういう唐突さがあって、だから病院もあるんだけど、フィクションにおいてはやや飛躍しすぎかなと思った。
事件を描く時、基本的には人災で何らかの理由が理屈で処理できる程度にはないといけなくて、最終的によくわからない要素として天の理が入るのならわかるけど
どうも脚本の大石静さんは話を進めるために天の理を使い過ぎる感がある、最後の地震もそうだ。ケイゾクの時も少しはあったけどあまり気にならなかった。あっちは人の動きに焦点を当ててて、最後に人の心はよくわからないという謎の部分を提示していた。
どうも、その辺の脚本のダメさが本放送で気になって、堤さんも脚本をわざと外してホカの演出で(新聞屋の中の身内の描写とか意味もなく浅香唯が出たり、レッツゴー永田町ネタ等)遊んでたのかなと当時は思った。
ただ後半の臓器移植に関するエピソードはドキドキした、まぁこれもそんなに、うまく子供同士仲良くなるか?とか、あんなにセキュリティの発達した病院に簡単に入り込めるか?とか唐突に交通事故?とか思ったけど、それでも当時話題になってた臓器移植の問題を(といっても半年以上はたってたかな?)ドラマの形で提出したのは評価できる、ある種レッツゴー永田町より現実と連動している、
でもこのエピソードが入ったため院長とイチバンの対立というドラマが最後に拡散したのかなと思った、ラストの和解も半端な感じがしたし、まぁ医療モノで極端な対立は無理かなぁ。そもそも患者を治すというてんは院長は外してないので価値観が違う以上の意味は派生しようがないし、ここで悪徳医師にすれば明確になりすぎる。 その意味で初めの意図はわからないけど結果的に外れたのかなと思った。
こう書いてると、自分が何かハンドク!!!に不満をもってるような気がしてくるけど、実はそうでもなくて、かなり気に入ってる、でもそれは本編のストーリーより、端っこでチョコチョコしてる遊びの部分が楽しかったから気にならなったような気がする。 ここまで遊ぶ人って昔はどうかしらないけど、自分が見てきた中ではあまりいなかった 特にスタッフロールの名前のあとに「!!!!」とか「上等」とかつけるヤンキーセンス、あれがまんまハンドクの世界観(つまりイチバンのヤンキーっぷりなんだけど)に連動してる気がする、あれだけ遊んでればスタッフも役者も楽しいだろうなぁ、ただ途中から見た視聴者は置いてけぼりくらうけど。
最後に役者、みんなよかった、主演の長瀬君はもちろん特にノブの二宮和也と美雪ちゃん役の堀つかさ(トリック2でも少し出てた、是非今度は主役級で)あと内山里名も今までの役より少しバカで生き生きしてた。役者次第で更に変化するのもドラマの強みだなぁと思う
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| TRICK2 |
02年 |
テレビドラマ |
本放送とビデオで何度も |
トリック1が明確な作りの物語だとすれば2は1で隠し味だった小ネタの部分を強調して笑いをメインにすることでファン層を広げたかわりにテーマの部分であるオカルト批判の部分はやや弱くなり、1にあった後味の悪さの変わりに悪の美学とでもいうのか、ある種世界がカチッとはまる終わり方が多かった気がする(1は収まったはずの話に最後にチクッと楔を打ち込む感じだった)
何か敵役の霊能者の反省しないで己の美学に向かい破滅していき、山田や上田は傍観者でしかないという姿勢に少し、怪奇大作戦を連想させた。
お笑い怪奇大作戦とでも言おうか。それでほとんど説明つくような、個人的には1の方が緊張感があって好きだが
笑いを求めている人はこっちの方が好きだと思う。
笑いとしての堤さんは果たしていいのか?と考えるとちょっと保留だ。ケイゾク以降の作品の笑いの部分がハマるのは背景の物語やテーマがしっかりしてるからだ。
本作に関していうと、そのバランスがかなりあやうい、
03年秋には新シリーズが始まるらしい、がそのドラマに部分をうまくキープしてほしいと切に願う。
03・8・23UP |
| 愛なんていらねぇよ夏 |
同上 |
テレビドラマ |
本放送とビデオで |
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02 7・20の日誌より
「愛なんていらねぇよ夏」1、2話の感想を書きたいと思う。
何というか見ててものすごく不安になる話だ、楽しいというか心地よい不安
広末涼子演じる亜子は盲目という設定なのだが、本当に見えないような視線の合わせ方だし、歩き方もフラついてる
それに輪をかけて堤さんのトリッキーなカット割り(といっても今回はすごくハンドクやトリックに比べ抑制されていてちゃんと効果的で突然画面が真っ黒になったり、行きつけの喫茶店の娘さんと亜子が会話するとことか、あぁ〜って溜息が出る)が見てるこっちに亜子の見ている世界と心理が感染してくるみたいだ、しかもそれを極力映像のみで見せようとしているので愛を扱ってるのにクールでベタベタしないのがいい。(ギャグも抑制されてるというかほとんどない)
話としては亜子の兄貴に成りすまし白鳥レイジ(←この名前もすげぇなぁ)が亜子を殺そうとするが次第に情が移って・・・って展開になりそうだが、堤さんのドラマは8話以降からおかしくなるので予測がつかない。
あとケイゾクの匂いがする。ハンドクでもトリックでも池袋でもなく、以前は何を撮っても堤幸彦だなぁと良くも悪くも思ってて所詮はマニア向けかなぁと思ってたけど、この作品にはポピュラリティがあると思う。
それにしても堤さんが量産してくれてホントに助かる。こういう時期にドラマを見れることを幸福だと思わないと、本来ならもう作家先生になって2年に一度長編映画を撮るような暮らしをしてもおかしくない人なのに、3話以降も楽しみ。
02 9・07の日誌より
残念ながら視聴率は恐ろしく悪いらしいが(4パーセント台もあったらしい)今年の夏のドラマでは最高の出来だと思う、堤さんのドラマはいつも10%前後だと考えると
堤ファンも見てないことになる。たしかにファンの期待するものを
(ギャグとか斬新な映像とか)裏切ってることは裏切ってるがそういう馴れ合いの表現にいかないトコをこそ(ハンドクやトリックは面白いが自家中毒のにおいがし、このままマニアに媚びる作家になるのか?と半分興味を失っていた)評価したい、1話を見たときは大ヒットすると思ったのになぁ
世間はもっとわかりやすいものを求めてるのかなぁ
愛って何だろ?
これ以上にない恥ずかしいテーマであると同時にこんなに恐ろしいテーマはない
レイジは亜子を好きになるのだが
その好きになり方がすごく悲しくてつらい、
今日、本屋でhitomiの歌がかかってて「愛はぁ〜どこからやってくるのでしょ〜♪」って歌っててドキッとしたが人を好きになるってのは
単純にうれしいものでなく「何で好きになっちゃったんだよ!俺」って感じのしまったぁって感じの悪い病気みたいなものだ。
しかもかかってる時は中毒だから脳がラリってしまう麻薬作用もあるし
その分それが終わること(相手との別れ)が怖くてしかたがない
喪失の恐怖と向き合わなくてはならなくなる。
そういうことをちゃんと描いてる(脚本の龍居由香里がうまいのかもしれない)今日のでは二人が語るしあわせゲームがかなしかった。
嘘に嘘を重ねた中にのみ開く真実を見せてくれる。
願わくはビデオになってから話題になってほしいが
愛というテーマを素直に受け入れる余裕が今の堤ファンには
ないのかもしれない。
03 7・14
残念ながら視聴率は最後まで低かった、植田プロデューサーはこの失敗を教訓とし大ヒットドラマGOOD LUCKを製作、堤さんと組む時は徹底的に作家性を追及し、キムタクと組む時は容赦なく数字を取りに行く、よくGOOD LUCKを視聴率偏重主義の悪しき象徴みたく言う人がいるけど一方で同じプロデューサーが何作ってるのかはもっと知った方がいい、
一応このコンビと広末涼子を使った企画は恋愛寫眞に実を結び敵はとったかなぁって気がする。書き忘れたことで言うとラスト間際のナルとレイジさんのやりとりも忘れられない。
ああいう男の愛憎半場の友情もちゃんとかける人だなぁと思う、兄貴と弟分の関係、ああいうのはヤンキー気質なのだろうと思う。
ただ物語を盛り上げるためとはいえラストの対決、主人公の生死の不明ラストの結果発表という運び方はやりすぎな気がする。もうちょっと別のまとめ方もたまにはみたい。
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| TRICK〈劇場版〉 |
同上 |
映画 |
本上映でのみ |
今の所一応の解決編、今までの霊能者とだまされる人々の構図が微妙に反転してて、ある山奥の村で行なわれる本当の神様選手権という構図は考えて見るとかなりブラックなシナリオだ。ちょっと後半に唐突な犯人が登場して自殺するのが何だかなぁと思ってしまうのだけど、その後に登場する山田のお母さんこと野際陽子の登場からが面白い。野際陽子で締めるパターンは2から少しつ出てきたのだが、それが映画版で完成したかなと思う。
つまり霊能者版水戸黄門。
1で出た、真実でこいつらを救えるのかと言う問いに対し本物を出すことでむりやり(笑いを交えて)答えをだしてしまったのだ。(ちゃんとお布施もとっている)
この秋からトリックの新作も始まるらしいが、多分野際陽子が黄門さまで山田と上田が助さん角さんの水戸黄門になるんだろうなぁ。それはそれで良しって気がする。
ちなみに物語のラストは山田と上田の恋愛部分をちょろっと描写しているがその部分もほんのり良かった。
ああいう甘いオチはわりと好きだ。
03・8・23UP |
| ピカ☆ンチ |
同上 |
映画 |
ビデオで |
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02年十二月のシナリオ本のみの感想
原案は井ノ原快彦(V6の人)作は河原雅彦氏(演劇関係の人ある雑誌で第二のクドカンってくくりをされてたけど、それはどうだろう?)
映画は堤幸彦氏が監督で嵐主演なんだけど、まだこっちでは公開してないので、先に脚本を読んだ、マンモス団地に住む5人の男の子の物語?最初は主人公の一人がDJ風にキャラを紹介していく形式でテンポがいいけど何かひっかからなくて、何日かほったらかしにしてた、けどさっきチラッと読んだら一気に読めてしまった。それぞれキャラのエピソードがいい、基本的に冴えないどこにでもある日本の風景、団地のお祭りのミスコンのゲストに河村隆一が来るって設定がサイコー、映画では何と猿岩石に変わってるらしい、この辺の微妙な芸能人の使い方のさじ加減がいい(ハンドクの浅香唯とか池袋〜の川崎麻世とか気更津の哀川翔とか、もしかかしたらこの辺のこの人たちのセンスのヒントがあるのでは?・・・いやないかな)
嵐ってなんかいいなぁバンビもいるし、ハンドクに出てた二宮和也もそうだし、カッコいいけど、エロガッパにもなれる、貴重な存在だ。
演劇系に人とジャニーズが積極的に組むことで生まれるものって最近面白いと思う、早く映画もみたい。
(正直このシナリオ本だけでは面白いけど河原さんの色がよくわからないなぁ、宮藤さんと較べると優しさより強さとかカッコよさが出てるのかなぁ?それも強引な我格あるべしみたいな?この辺は保留)
03・11・30の日誌より本編の感想
去年シナリオを読んでいたのだけど、テンポはシナリオの方がいい。ここ数年の堤さんの作品、特に映画の方の傾向だけど、どうにもテンポがダラダラしている。(その意味での河原雅彦さんの色はよくわかんなかった)
多分「池袋〜」以降の傾向なんだけど、本筋以外のトコ、特にギャグが多すぎる。これが宮藤さんだとうまく作品の内容やテーマに絡んで作品の一部として必要不可欠な存在になるんだけど、堤さんが単体でやると、目立ちすぎるというか、作品の流れを止めてしまう。
もちろん、あんまりくだらなくて笑うこともあるんだけど(猿岩石のくだりとか)、これが続きすぎると辛い、だから恋愛寫眞の感想とかぶるけど、前半が少しかったるかった。(だいたい原宿デビューくらいまで、前評判で良いと聞いてた女の子のまわりで花が飛ぶシーンもウテナを見てる身としては今更だし、巨乳のおねぇさんに絵画や英会話教材を買わされるシーンは身につまされた)
ただ夜の屋形船を観ながら「あんな大人にはならない」と五人が言う所から話がカチッとはまり、五人の行動がズレてきて差が生まれてきたあたりから切なさが漂ってきてから、目が離せなくなってきた。
(人によっては白けるかもしれないけど、あの気持ちはわかるなぁと、屋形船の側にいるかもしれない立場としても思う。無力な十代後半の頃の世間との距離感はちょうどあんな感じだ、それを適切な距離、つまり彼等が抽象的にしか大人を感知できない感じを愛情をもって撮っている気がする)
主演は「嵐」のメンバーなのだが、いいなぁと思ったのはバンビこと桜井翔と二宮和也
この二人はやっぱり俳優としても経験値が違うからか存在感があった。
五人は進路がバラバラになり、その中でも大学進学を目指す男の子(彼女への見得で青山学園大学へ偏差値が10上がって51というのが悲しいというかわかるというか)が回りとずれていくと見せかけて後半の屋形船沈没計画で五人の心が一つになる、と同時に最愛の彼女との決別があるという展開は切ないやら笑えるやらでいい。
(ただ、そんなことで嫌いになるのが10代の潔癖さかなぁ?いいじゃん許してやれよ、売春してたわけじゃないんだし、とか思ってしまう。この潔癖さは宮藤さんにはない、というかストリッパーとかホテトル譲を平気で魅力的に描いてしまう。ただ、簡単に風俗に飛びこんでしまうがため、観客を置いていってしまう面がある。最近の堤さんはあえて観客のイメージからはずれないようにしているのかも知れない、なんてことをあのシーンを見ながら考えていた)
そして船を沈めた後の二宮和也の父親が首吊り自殺していたのを五人が発見するシーンも良かったけど、あそこはもっと内面を掘り下げるべきだったのでは?という気もした。あの後保険金が入り、その金でカルフォルニアに旅立つのだが、やっぱそこはきちんと書くべきだった気がする。
その後、入試のためにバンビじゃなかった桜井君がバイクに受験生の子を乗せてカーチェイスを警察と繰り広げるんだけど、そこはイマイチ、何というかムリヤリ映画にした感じで乗れなかった。(中指姫にも似たようなダメなシーンがあった)まぁ先代の族長が助けにきてヘルメットでパトカーの窓を壊すシーンはおぉと思ったけど。
何か感想を書くと批判ばっかりになるが、実は不思議と好きな作品だ。
それは多分ピカ☆ンチという映画の背景にあるごちゃごちゃとした、あの高校生の男の子の悶々とした感じが自分の中に共有できているからだ。
「木更津〜」だとそこをかなり美化しているけど、ピカンチはもっと現実に近い。
(木更津にも初めはその貧富の差や大人と子供といった対立概念はあったんだけどいつの間にかみんな仲良しのユートピアになってしまった。まぁ「木更津〜」はそれでいいんだけど)
だから出来の悪い部分も補完できてしまう。もしかしたら自分のボンクラ高校生の頃の記憶に萌えているのかもしれない。
あと思ったのはこの話アメリカとかならスラム街とニューヨークみたいな構造で作ってわかりやすくなるのかもしれない。
どうも日本だと階層の概念があいまいで(数年後はわからないが)話が明確にならない。
あの団地内の世界観特に貧富の差をもっと丁寧に書いてくれればなぁと思った。
それにしても、こんな男臭い映画を「嵐」主演で上映してしまうジャニーズのJストームという企画は何なんだろうか?
「ピカンチ」が一作目で「木更津キャッツアイ日本シリーズ」が二作目、これをジャニーズファンに向けて送るって構造がわかんない。このまま行くと「さくらの唄」や「ヒミズ」、「グミチョコレートパイン」まで映画化しかねない勢いだ。ジャニーズ主演でボンクラ男子を描いて少女が観るってのは・・・・
できれば今現在悶々としている、映画秘宝を読んでるような男の子にも届くような回路があればいいなぁと思う。でも届かないのかなぁ?
例えばモーニング娘。主演で岡崎京子のPINKやリバーズエッジ、ヘルタースケルターを映画化するようなことがありえるだろうか?
無理だと思う。まず客がつかない、と製作者側が考える気がする。そう考えるとJ・ストームという企画の凄さとそれを受け入れてしまえるジャニーズファンの女の子の懐の深さに恐れ入るという感じだ。今はアイドルのへの愛情で見ているコ達もこれを入り口に良質な客(抽象的な言い方だが)になると嬉しい・
(もちろんテーマをストレートに受け入れているというより、タレントに対する愛情が先にある、いわゆるキャラ萌え先行なんだろうけど、思うにオシャレとカワイイを入り口にすればどんな作品も受け入れちゃうってのはスゴイ)
とまとまらないけどこんな感じだ。
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池袋ウエストゲートパーク
スープの回 |
03年 |
単発ドラマ |
本放送とビデオで |
03 4・02の日誌より
面白いですよ。もぉ言うまでもなく、遊びの部分がいいなぁ
木更津キャッツアイのメンバーが出たりとか、ヒカルの出した自伝が柳美里さんの「命」のパロディとかしょっぱなの剣さんの「やっと会えたね」とか、何か楽しいなぁと思って観てました。
あぁ何か難しいこと言う力が今ないなぁ。
03 4・03の日誌より
昨日池袋ウエストゲートパークの感想を書いたけど
やっと会えたねって言ったのは剣さんでなく別のホームレスだった。あと改めて見てそれぞれのキャラの3年後をきちんと書けてたのに関心、特にキングが窪塚洋介のその後とうまくリンクしてて(ヤンキーが精神世界に目覚めた感じ?それを本人も楽しんでて)面白かった。あんだけ違和感がないのもすごい
ちょっと惜しいかなと思ったのは、悪役の創り方かな?
悪役の動機に芸術とかある種の狂気をもってきちゃうとよっぽどうまくやらないと醒めるなぁ。(セブンとかファイトクラブは監督がその理念に半歩足を踏み入れてるから説得力があるんだろうなぁ、あとガンダムのシャァとか)その価値感を作者が信じてない時は動機はもっと世俗的にする方がいい気がする
これは自戒を含めて
03 7・14
なんか感想らしい感想を書いてないので若干補足
基本的には後日談、それぞれのキャラの年のとらせ方がうまい、Gボーイズはラーメン屋になりサルは出世しキングは精神世界に目覚め放浪の旅(このあたり実際の窪塚洋介を連想させある意味すごく皮肉ってる、これを難なく演じた窪塚もリスペクト。)
始まる前は前作の出来が良すぎたため見るのが不安だった、少なくとも同じことをやれば失敗する、しかしそこをうまくかわしてくれた。
池袋〜は若者風俗を描いたから人気作なのだと思ってる人がいるがしれは違うと思う、基本の部分で人間が描けているのだ時にベタな人情ものとして、歳をとったマコトがRIZEのコンサートで説教するシーンが好きだ。
あと触れないといけないのはラスト、マコトはブクロで大人になる。今ここで生きてくという気概を感じた。大塚英志氏の木更津キャッツアイ評で唯一不満だったのは木更津を大人にならないでいいユートピアととらえ、ぶっさん達はいつかここを出てお店にならないといけないと思っている所だ。木更津も池袋も決してユートピアではない、もっと殺伐とした生生しい場所だ。
だからこそ彼らはここに止まるのだと思う。 |
| ご近所探偵TOMOE |
同上 |
単発ドラマ |
本放送とビデオで |
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03 4・05の日誌より
WOWWOWのドラマで主演が野波真帆さんと宮籐官九郎さん、
最初はテレ朝の月曜ドラマランドみたいで、トリッキー過ぎてチャチな領域に突入した失敗作かなぁと淋しくなりながら観てたけど、後半TOMOEの恐るべき秘密(笑)が明らかになってから評価が逆転した気がする
俺は戸梶圭太さんの原作は1巻しか読んでないけど、これはオリジナルなのであろうか?
あとは宮籐さん演じるかっちゃんのダメな感じが情けなくてよくて、野波さんのウジウジした感じも(って書くとダメ人間だな2人とも)よかった。あと犬の名前もスネーク(犬なのに)からワウワウに変わってて、その犬が暴れるトコが戸梶圭太さんのイラストになるトコは好きだった。
あと池袋〜の時思ったんだけど、堤さんの演出は音楽のリズムをカット割のタイミングに翻訳してるんではないか?
と思った、池袋はオープニングのドンドンドンってトコはヒップホップな感じで今回のTOMOEならHAPPY系というかエンディングの小島真由美にも通じるようなほんわかしたキューティーな感じを演出にも多様してる気がする。
なんつうか、放り投げるように映像が出てくるんだよね、音の数が違うというか、
いわゆる映画って(北野武でも青山真治でも黒沢清でもいいけど)フィルムがビデオより高いこともあってもっと1カット1カット大切にしてる気がする。これは手描きのアニメやマンガもそうで、こうなってくると絵に対する感覚が根本的に違うのかな?って気がする。
あと恥ずかしいゴミのトコに小泉純一郎写真集が置いてあるという中途半端な反社会性がちょっとヒットした
かきーんって
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| ゴッホの耳 |
同上 |
バラエティ |
本放送とビデオで |
03・8・20
とんねるずの高さんと秋元康と組んだバラエティ
「コラーとんねるず」がすごく評判がよかったので一度堤さんのバラエティを見たかったのだが、
まぁ面白いかなぁと印象
あくまで個人的な意見なんだけど、お笑いとしてに宮籐さんも堤さんもそんなには面白いとは思わない
あくまでドラマの味付けとしてお笑いが入った時生きている。そんな気がする。何というか、例えばSMAPがお笑いとして面白い言ったら違うだろう!と思ってしまう、その感じと近い。
この番組(たしか2回放送されているが俺が見たのは二回目の方)にかんしていうと、奥菜恵の出てた家庭教師モノとあまみゆうき(字忘れた)が出てた変な女が出てくる話が面白かった、でもコントとして面白かったかは疑問、あと役者としてのタカさんはうまいと思う。 |
| 恋愛寫眞 |
同上 |
映画 |
本状映のみ |
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「愛なんていらねぇよ夏」の堤幸彦監督と植田博樹プロデューサーによる恋愛映画、正直最初はダメかなぁ〜って思ってあぁ堤幸彦の時代は終わったかなぁと不安になった。
もっというと広末涼子が好きじゃない人にはヒロインの静流が魅力的じゃないなぁって思った。もっというとうっとうしい、松田龍平もいじいじしてて今どきのブンガク(な男の子で)なんで堤作品でこんなキャラみないとイカンの?とか思った、
で、そう思うとテンポとかギャグもイマイチのれなくて、居心地がホントに悪い、唯一脇の女の子の個性的な顔がいいとは思ったけど(あとで西山繭子だって気付いた)あとはいろいろ俺ならこうするなぁとか考えてた。
恋愛映画ってある種の引いた眼が必要な気がする、よっぽどエピソードに自信があるならいいけど、基本はこんなに盛り上がってる俺達ってバカバカって目線がないとこっちが醒める、村上春樹がうまいなぁと思うのはこのクールさだ、
もしくは徹底的にコメディにする(猟奇的な彼女とか)
もしかしたら恋愛映画って片思いが成就するまでを描くものなのかな?と思った
もしその先(くっついた後)を描くならコメディにしかならない、特に日本では
ところが舞台がニューヨークに移ってからつまり静流との回想シーンが終わっていわゆる主人公の静流さがしになってから俄然面白くなる。
(もしかしたらシリアスな恋愛の舞台として日本は不釣合いなのかもしれない)
まず舞台としてニューヨークが冷たくていい、ビルがお墓みたいで、話と直接には関係ないグランドゼロ跡地も嫌味でない、もともと堤さんはロケを多用する人だけど、これがうまくいった気がする、あと静流さがし=静流の謎を解くという構造になることで観やすくなる。堤さんはミステリー系のドラマを撮ることでブレイクしたけどそのノウハウが生きた気がする、今までのドラマならマイナスだったラスボスとの対決もうまく締める効果になってる、(ただちょっと唐突かなとも思った、俺としては主人公とその犯人が静流について会話するシーンがあればよかったと思う)
犯人も主人公も静流の才能に嫉妬することで人生が狂う、多分二人とも静流を愛してたと同時に憎んでたんだと見ていて思った、
そうやって才能と存在感ゆえに周りに人間を無自覚に狂わす人間それが静流なんだと観ていて思った。多分広末涼子にそういう要素があったのではないか?
もし自分がやるなら、はじめから静流の存在をブラックボックスにして(できれば顔も見せないケイゾクの雅ちゃんみたいに)周りの証言だけで静流の人間像を作る
みんなそれぞれに見てるとこが違うから食い違ってでもみんな同じくらい憎んでて好きで何らかの形で人生を狂わされてる。もちろん無自覚に
そんな究極の悪女としてのヒロインにするなぁと思った。
(ちょっと岡崎京子のチワワちゃんと東野圭吾の白夜行が入ってる、広末で白夜行っていいと思うけどなぁ秘密もやったし)
その意味でラストの静流と主人公の再会?のシーンはクドい(というか喋りすぎ)と思ったけどその後のオチも含めて(読めるけど)そこはいいなと思った。
観る前は堤さんだからごった煮になるんだろうけど、恋愛だけにすりゃいいのにとか思ってたけど、出てきたものを観たら恋愛以外のトコが(ギャグはイマイチかなぁゲイのカシアスの台詞でキムタクならあげちゃうってとこはユーサクにすりゃいいのにとか思ってた、マヨヌードルとかも滑ってたし、何か広末を壊せなかったって気がする中谷美紀の時はめちゃめちゃダサいこととか加味してそれが味にうまくなったのに、多分遠慮したんだろうなぁ)面白かった気がする。
(恋愛映画でうまいのは北野武監督だと思う、あの徹底的に引いた目線が恥ずかしくならない最近のは知らないけど)
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| STAND UP |
03年 |
テレビドラマ |
本放送 |
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一話の時点での感想03 7・06
堤幸彦さん演出の連続ドラマ、訳すと「勃起」だろうか
今書籍界ではホントか嘘か童貞ブームでたしかに「もてない男」以降、伊集院光&みうらじゅんのD・T宣言、あと「日本の童貞」なんて新書も出てる。
そのブーム(笑)にのった童貞高校生4人の話だ。
見る前に不安だったのは主演の二ノ宮和也も山下智久もあと高校教師でホストやってた人も、名前だけ聞くとどう考えてもヤリチン野郎で童貞のイメージがない
むしろウォーターボーイズに出てる山田孝之とかの方がもっさくてそれっぽい。
そこで童貞のリアリティ(あるのかそんなの)が出ないのではないかと不安になった
例えば浜崎あゆみでも優香でも小池栄子でもいいけど、そういう女の子を使って、いけてない処女の物語を作ったら、女の人は嘘つけって思うだろう。
その辺が不安だったけどドラマを観た印象ではみんなもっさい感じに仕上がってて特に二宮和也が素晴らしかった。
あと鈴木杏が昔お姫さまみたいにかわいくて今ダサい女の子の役をやってた。けどこれが素晴らしい、いかのもいそうだ。ちょっと悲しいくらい、面白かったのは図書室でSEXしたのがわかって退学になるカップルが彼らの何倍もだっさい感じで、女の方がすごいデブなのだ。モテと外見は関係ないという笑えて冷酷な現実を突きつけてるので、その辺はクリアになってる。
多分今後の展開としては彼らは何らかの形で(例えば先生役の釈由美子と)あっさり童貞を捨ててしまうのではないだろうか?それでそのあっさり具合にこんなんでいいのかよと逆に凹んでもっと大切なものはあるはずだ!みたいな展開になるのではないかなぁと思う。一話のラストにその兆候は出てるし、とりあえずは自分の中では痛いけど楽しい作品だ。
補、童貞ルサンチマンがモテアイテムとして吸収されることの危機感
(でもこれは危機感なのか?っていうユルイ問題)
でもこれを観た同じ境遇の高校生童貞のモテない男の子(それこそガンダムのポスター貼ってるようなコ)はどう観るのだろうか?
(何か他人事みたく言ってるけど、俺もキモチそっち側の人間だと思ってるよ)
多分描かれてること自体には嘘はない、いきなり幼馴染との同居もヒロインがダサくなってるってトコで恥ずかしくない
だから多分その当事者達が腹を立てるとすれば何でジャニーズなの?っていうはじめの問題だろう。何かうまく言えないけど、この偽童貞め!みたいな感じか?
(偽童貞って単語はすごいなぁ)お前らイケメンに俺のキモチがわかるか!みたいな、何つうかルサンチマンがある人間ってその気持ちをわかってほしいって気持ちとそう簡単にわかってたまるかと突っぱねる気持ちと両方あるんだよね。
多分女の子はこのドラマOKだと思う、美少年なのに童貞カワイイ!私がいろいろ教えてあげるみたいな、これは逆を考えればわかる、
と描いててわかったのはお前らモテるために童貞装うな!って気分になるんじゃないだろうか、例えばどう見てもモテモテのビジュアル系のイケメンが筋肉少女隊が昔好きでしたって言ってそんな感じの歌を歌ってる時の違和感か。
お前にオーケンのルサンチマンがわかるか?みたいな。
もしかしたらネガティブなものまでモテアイテムとして使われる時代がすぐそこまで来てるのかもしれない。
(書いてて9割型被害者意識なんだろうなぁって思うけど、あえて突き進む、そっちの方が面白いし、一番ダメなのは簡単に癒されることだ、作家としては)
さらに補
例えば上に書いてる童貞を「おたく」って単語に代えると今の状況のヌルイ危機感がよくわかると思う。
ネガティブなものが一生付きまとうのは本人にはキツイけど、下手にモテアイテムにされるのはヤだなぁと思う。何だろお前ら美少年ならおたくでも童貞でも何でもいいんだろうってトコに行き着くのかなぁ
ルサンチマンを消してくれる人とルサンチマンを共有してくれる人、どっちを人は求めるのだろうか。う〜ん人生のテーマかもしれない。
2話の時点での感想 03 7・14
もっと殺伐とした作品が見たい気分が今は大きい、ケイゾクのギャグが生きるのは背景に殺伐としたものがあるからで、そういう状況で言う不謹慎さがそのままその面白さになってる、その暗い部分抜きのギャグははっきり言って点数は低い
思うにギャグは質でなくタイミングと状況が面白さの鍵なのだと思う。
この作品に関してはとりあえず鈴木杏と釈由美子がどうなるかだけが楽しみかなぁ、堤さんはもう一回暗いのやるべきだと思う。
全話見終わっての感想(03 10・11)
これはある種のファンタジーというか願望なんだと思った。
今時あんなに自分の子供を監視する親っていないだろうし、もっと無関心だと思うんだ。主人公達4人がカッコイイのに童貞ってのもかわいい女の子が最後の最後に「私バージンなの」って言う例のパターンの逆で、じゃあ誰の願望なのかと行くと鈴木杏ことチエの願望なのだ。だからこの話チエから見るとすごーくすんなり入れる。
そしてチエがなんでそんな願望を欲したのか?という答えが10、11話の辛い現実なのだと思う。全体に漂う嘘くささに対しここだけが生生しく救いがない、しかも好きだった人に裏切られたのだからタチが悪い(もって回った言い方ですが勘弁してください)
この話チエ、の存在が一番浮いてるのがずーと気になっていたけど彼女だけが現実感がありすぎるからなんだな、
お姫様になってカッコイイ男の子×4人に守られたい(できれば男とか女とかの関係を抜きにして)8話で純潔会員番号ナンバー1,2,3,4ときて5とチエが手をのせて、宇多ヤン(だったと思う)がちょっと迷って「よし許す」って言うシーンがあるんだけど、このシーンがすごく好きだ。多分あそこに行くためにこの作品はあったのだとひそかに思ってる。ちょっと欲を言えばチエの視点からだけ物語を再構成してほしい。あのボケた視点の一人称小説みたいな、でもそれは映像としてはつらいかも、小説にすれば最適な気がする。
(ちなみに脚本は女性、だから女の子から見た男の子のグループに対する憧れの視線のサンプルとしてみると大変興味深い)
堤さんの演出(10,11話)に関して言うと恋愛寫眞の印象に近くて観てる時はダレた印象が続くんだけど、締めるトコは締めている。物語の最小限つかんどかないといけないトコをつかんでいるなぁと思った
この人はその意味で構成力があるんだろなぁと思う。
始まった時はウォーターボーイズと較べて観ていていろんな意味でこっちの方が面白いと思っていたけど、ウォーターボーイズがちゃんとしすぎてて最後に置いてけぼりくった印象で結果的にこっちの方がわかるなぁと思った、出来が良すぎるのも考えものだなぁと思う。
(この変ノベライズに堤さんは4人をダメなままにしときたかったと書いていた、成長物語ってのもその変のあんばいが難しい、ウォーターボーイズの場合、最終話であぁ遠くにいっちゃったなぁと思った。あんまりダメな奴のままってもはキツイけど簡単に成長されるのも勘弁してほしい、stand up!!の場合その按配が良かった。)
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| TRICK(パート3) |
03年 |
テレビドラマ |
放送中 |
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03年十月二十日の日誌より
1話
まぁ問題なし、前回のギャグばっかの展開に食傷気味だった身にしてみれば、ほどよいシリアスさ(ガッチュイシマッチュはどうかと思ったけど)がいい。
やっぱり堤さんは根本的に暗い作品の方がいいと思う
追記、でも落とし方が酷かった(笑)ミステリーなんだから力で事件を解決しちゃダメだろ。森本レオも生かしきれなかった気がする。
03年11月25日の感想より
5,6話の「絶対死なない老人ホーム」の回は久々に面白かった、もちろんミステリーとしては評価低いんだけど、それにも増して後味の悪い、あの初期のイヤァ〜な感じが復活しててよかった。
トリックって基本的に騙す側の話だったんだけど、今回の話は騙される側、もっというと騙されたい側の話にまで踏み込んでいる。わかりやすく言うと
信者だってわざと騙されたふりしてるんじゃないか?って話だ。今までは騙す側を悪役にしていればよかったけど、今回のトリックはどうも騙された側こそ騙してたってオチが多く(もっとも今までの話でも何回かはあったけど)
よーく考えると映画版自体が村民が本物の神様を選考する話だし、その辺りから関心のあり方が変わってきているのかもしれない、でも基本はミステリーだからあんまりオチがわかる様だと辛いなぁ
追記、鬼束ちひろのエンディングテーマがいい。
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