二月
二月二十九日(日)
実際は三月一日なんですけど、日誌の一区切りとしてこちらに表記します。
書き逃した部分は多々ありますけど、やっとビバ!男の子ボーイズがまとまりました。
今後はBlogを導入して日常的なことを書きつつ
月一で対談(とりあえず最初はnarkoさんとやりますけど、相手は随時募集、こまかい告知はまた今度します)
不定期でマチャフミ画伯のイラスト公開
の三本立てでやってこうと思ってます。
あと念願の小説執筆についても準備中で、何というか木更津キャッツアイいうトコの普通って奴を実践していこうと思ってます。
近日中に大幅にリニューアルしますのでご期待ください。
追記、実は映画版完全ネタバレで行こうと思ってたんですけど、結果的に一箇所ネタバレはしませんでした。
そこはビデオで観て確認してください。
二月十六日(月)
ゼブラーマンを観た。
本当はもう日誌には感想書く気なかったんだけど、あんまり面白かったので一応書いとこうと思う。
ストーリーはダメ教師、市川新市が主人公で家庭崩壊して教師としてもダメな彼の唯一の趣味は子供の頃観たヒーロー番組ゼブラーマンのコスプレをすることだけ。
もっともこのゼブラーマン自体が低視聴率で7話で打ち切られた幻の番組。
宮藤さんの作品には小ネタの楽しみがあるけど、その小ネタが今回は幻のヒーロー番組というのがうまいなぁと思った。
最初この企画は東映ということもあり仮面ライダー翔を考えていたらしいけど、もしそうなってたら仮面ライダーネタがいっぱい出たと思う。
この作品、哀川翔主演100本記念作品なのだが不思議と哀川翔ネタはない、というか今までの翔さんの作品(というほど見てないけど)のどれにも当てはまらない作品で、新しい地平を目指してる。三池崇史さんの作品はいつも淡々としているけど、そのあんまりサービスしない作風がサービス過多(笑)な宮藤官九郎さんの作風をうまく自分のものにしてるなぁと思った。
評論家の大塚英志さんは「キャラクター小説の書き方」の中で木更津キャッツアイの小ネタがちゃんとテーマに結集してることを評価していたけど、一般の人はそのテーマに行く前に小ネタを楽しむトコで終わってしまう。
それが行き過ぎたのがマンハッタンラブストーリーで個人的にはどうにも乗れなかった。
もし他の特撮マニアみたいな人が作ったらそういうネタの宝庫になったんじゃないかと思う。見ててもそういうわかりやすいネタはほとんどない。
だけど昔の特撮がもってたチープさ(水木一郎の主題歌とかいい加減な特撮、安っぽい敵)が継承されてる。
更に言うとそれはオタク表現(エヴァや平成ガメラ、そして最近の仮面ライダーシリーズ)が技術やテーマの先鋭化と引き換えに失ったものだ。そしてそのチープさの中にはベタベタだけど熱い男の子のヒーロー願望が潜んでいたんだと思う。
宮藤さんの作品には根底にベタベタなヒーロー願望があるんだけど、それをすぐには描写しないで、まず徹底的に絶望的な現実を笑いを交えて描写する。ここで笑いを交えるのは、ソレをごまかしてるからではなくて、更に強調するためだ。
もしその絶望感をこれ見よがしに書いて観客が共感してしまうと絶望が共有されてある種の不幸に酔ってる感じになってしまう。
そうなるとソレはある種の甘美で不幸ではない。
本当の不幸や絶望、孤独は共有されないものだと思う。
そしてソレはカッコ悪い。
(カッコいい孤独は甘美なものになってしまう)
この低い地面をまず観客に認識させて、その上でちょっとずつ主人公が変化していこうとあがく過程が宮藤さんの真骨頂なんだと思う。そしてあがく根拠がいわゆる男の子力、今回だとゼブラーマンというヒーローになりたい同一化したいという願望。
そして最後にその奇跡をサラリと描いてしまう。
それはもちろん一種のファンタジーだ、その意味で宮藤さんのドラマはフェイクというか全部、御伽噺だ。
でもこれをとって現実はもっと厳しい!と揚げ足をとるのは愚だと思う。そんなこと観客が一番わかってる、むしろ荒唐無稽な木更津キャッツアイ風にいうと「ありえね〜」トコまで行ってしまうことでそのことを徹底的に自覚させられてしまう。
俺はフィクションは御伽噺でいいと思う。現実との落差をうめるのは受け手の役割だ。それに現実が簡単にかわるのもまた現実でその距離感は時間が立つほどズレてしまう
そこまでフィクションに期待してはいけない。
単純に進む先の象徴であればいいと思う。
はじめカッコ悪く情けなかった市川が車椅子の浅野さんと出会いふとしたきっかけで変質者カニ男と戦うことでちょっとずつヒーローとして振舞うようになる過程が素晴らしい。
(ただし悪役との対決シーンはあっさりしてる、このぞんざいさが特撮の構造に対する批評なんだと思う)
俺はアニメや特撮は嫌いではなく人よりは見てると思うけど、あの手の作品にある棚ボタ的なある日突然、悪の組織に改造されて、とか父親の作った巨大ロボットを預けられて、みたいな押し付け巻き込まれ型の話はいやだなぁと思う。
それは何か裏返しの甘えというかかまってくれて当然っていうエリートの子供っぽさを感じる。
宮藤さんの作品の男の子たちはみんな社会から見捨てられたような、ほったらかしの子たちだ。彼等はだから自力で何とかしようと動きあがく。マコトしかりぶっさんしかり、彼等は自分の状況を変えてくれる誰かなんて期待してない。ことばにはしないけど自分がまず動かなきゃいけないことを知っている。
市川もそしてゼブラーマンもそういうヒーローだ。
だからかっこいいのだと思う。
最後に役者が皆すばらしいと思った。
特に渡部篤郎がよかった、恋文の時はどうか?と思ったけど。
あと鈴木京香、どうも宮藤さんは若いコより年長の女盛りからちょっと離れて安定した女性を書く時の方が理想が出る気がする。逆に女子高生とか書くと殺伐とすると思う。多分それは世の中に乗れてるか乗れてないかの違いが出るんだと思う。
それと三池監督の功績なんだと思うけど宇宙人に乗っ取られた小学生が暴走して駄菓子屋を襲うシーンが素晴らしかった。特にスイカをぐちゃぐちゃにするシーンが印象的。
多分三池さんは台詞よりも映像で見せるタイプなので、宮藤さんが書いた部分もうまく映像で表現したり追加したシーンがあるんだと思う。
追記、今度まとめる木更津キャッツアイ日本シリーズ対談にはこの視点も交えてとりあえず今の時点でのクドカン総論をまとめたいと思う。
二月七日(土)
今、木更津キャッツアイ日本シリーズの対談を編集中です。
ちょっと残念なのは俺もnarkoさんも間を空けすぎたためか視線が過去のものになって最初に観たときに熱が引いてるトコです。
あと三回も見たらネタの新鮮味もなくらるわなそりゃ。
気づいたらドラッグストアガールも公開されるし、来週はゼブラーマンも控えてる。
時代のスピードは速いです。
日誌の更新が遅くなってるので気づいてる方もいらっしゃるかもしれませんが、木更津キャッツアイ日本シリーズの対談をUPしたらしばらく更新を減らそうかと思います。
さすがに二年近くやってると自分のスタンスが見えてきます。
多分俺は情報系のサイトみたいに毎日UPってのができるタイプじゃないんですよね。もっと一つ一つの話題を(新しいか古いかは別に)掘り下げて濃いのを描きたいタイプです。
あとちょっとプライベートでいろいろ疲れることがありまして(笑)
ってこういうこと書くと日記っぽいなぁ
それと今、小説を書こうと準備してます。
ネタ元は前漫画で出そうとして挫折したものなんですけど、小説なら情報量を気にせず盛り込めるかなぁと思い、出来はともかく一回書いとかなきゃって思ってます。
何というか今まで考えてきた自分へのけじめですね。
今後は日誌に書いた文章を編集して項目ごとにまとめたり、イラストをUPしたり(絵に対する欲求は減ってないので)
narkoさんとの対談も月一でUPしようかなぁと思ってます。
一回目は一応「なるたる」を計画中です。
リクエストとか俺と何かについて対談をしたいという方
(ただし福岡市在中の方、それ以外の方の場合はメールで往復書簡でもかまいません、ただし、その内容はこちらにUPされることと、編集権は俺にあること、(もちろん事前に確認してもらい、修正等はできますけどはご了承ください。)
は御一報あればうれしいです。
この告知はまた改めて。
とりあえず今は対談をまとめます。